2017_07
23
(Sun)20:00

千年の都「平安京」の大路小路を歩く 第5回



先週の水曜日から金曜日(7/19~21)まで家を留守にしていました。

その間、TVや新聞をあまり見なかったので、

帰宅してから梅雨明けを知りました(^^ゞ

旅行前日の火曜日には

各地で大雨やヒョウが降るなどの異常気象だったので、

それが、梅雨明け前の印だったのかしら?


その火曜日の淡路島は、適度なお湿りで済んだので、

以降の3日間は、水やりの心配なしに家を空けられ、

私としましてはラッキーでしたが。









先週の水曜日(7/19)、「京都の大路小路を歩く」の5回目に参加しました。


史実と伝説が交わる通り≪旧五条通り≫と
千年の都に潜む伝説と≪魔界巡り≫



現在の五条通と平安京の五条通は位置が異なります。

すなわち、平安京の五条通は、現在の松原通にあたり、

現在の五条通は、平安京の六条坊門小路(ろくじょうぼうもんこうじ)。


豊臣秀吉が方広寺建立の際に、

五条大橋を、現在の場所に移したことにより、

やがて、五条坊門小路が五条通と呼ばれるようになったのです。


私たちは、旧五条通(松原通)を歩きました。

旧五条通は怖い伝説の場所が多くて

暑い夏には持って来いの通りでしたよ。









歩き始める前に昼食だったのですが、

時間が少し早かったので、

昼食場所の京都ホテル オークラの近くにある

本能寺を見学して時間をつぶしました。


前回は、本能寺跡に行ったのですが、

今回は、現在の本能寺です。

旧五条通から少し離れた御池通りにあります。








本能寺本堂

1928年に再建されたもの








現在、本能寺の「能」という字の右側の文字を

「匕」二つから、上の文字のように「去」の様な文字に変えて使用していますが

これは「本能寺の変」を含め、5度も火災に遭遇したので

匕(火)を嫌い、「能」という字を、行書や草書体にしたと言われています。








本能寺の寺紋

左が結び雁金、右が鶴の丸。









ここから、旧・五条通スタート!




新玉津島神社(にいたまつしまじんじゃ)

藤原定家の父・俊成が自邸内に祀った神社に由来すると言われています。








拝 殿

以来、和歌の守護神として朝廷・貴族からの尊崇を集めています。

江戸時代には、松尾芭蕉の師である北村季注が

この神社の宮司として住み、万葉集の注釈書の編纂に励みました。








本 殿

さざなみや 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな(よみひとしらず)

平安末期の勅撰和歌集に載っているこの歌は

平の清盛の弟の忠盛の作なのですが、

平家が朝敵となった為、

撰者の俊成が配慮して名を隠したのだと、

「平家物語」に出ているそうです。












因幡堂 平安寺(いなばどう びょうどうじ)

寺伝によると、長徳3(993)年、

因幡国司・橘行平が海中から引き揚げた薬師如来を祀ったのが由来。








本尊薬師如来立像

秘仏なので、写真ですが、

日本三如来のひとつです。


度重なる火災の被害に遭いながらも

その度に町衆の力によって難を逃れてきた

創建当初の御本尊です。

コロの付いた厨子の中におられ、

頭には緩衝用の頭巾を被っておられます。












夕顔の墓の碑

紫式部の「源氏物語」に登場する人物・夕顔に由来します。

夕顔は、源氏物語と知り合いましたが、

六条御息所の生霊に襲われて急死。

その場所がこの辺りと伝えられているのです。












ノボタンの花












鉄輪井戸の碑

謡曲「鉄輪」の女性が使った井戸と伝えられ、

今でも怨念が井戸に籠っているのだそうです。








鉄輪井戸

井戸の水を相手に飲ませると

悪縁が切れるとの民間信仰があるそうです。








※謡曲「鉄輪」とは

下京辺りに住む女性が「不実な夫」に嫉妬し

貴船の神に、毎夜丑の刻詣りをして

最後は井戸に入水。

鬼女となって裏切った男を呪ったと言う怖いお話なのです。












明王院 不動寺(みょうおういん ふどうじ)

ご本尊は、空海作の石像不動妙








平安京を作る時、桓武天皇は、

都の東西南北に四つの磐座(いわくら:神が降臨する場所)を定め

この明王院は、その一つの「南磐座」












松原橋

この場所に昔の五条橋が架かっていました。

牛若丸と弁慶が闘った伝説の地なのです。












京都五花街のひとつ・宮川町












六道の辻

この付近は、かって死者を風葬に送る際に

お別れをした場所で、

あの世とこの世の境とされていました。



※六道とは

天上道、人間道、地獄道、餓鬼道、修羅道、畜生道








六道の辻にある西福寺は、

弘法大師(空海)が土で作った地蔵尊を

安置したことが始まりとされています。








嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(たちばな の かちこ)が、

子息の仁明天皇の病気平癒を祈願したことから、

子育て地蔵として信仰されるようになりました。








西福寺の辻向かいにある幽霊子育飴の店

450年以上続く老舗の飴屋で、

若い女性が死んだあとに墓の中で出産し、

生まれた子を育てるために

夜な夜な飴を買いに来たという伝説が残されています。












小野篁の碑

小野篁とは?








六道珍皇寺山門と門前「六道の辻」の碑

六道の分岐点で、この世とあの世の境(接点)の辻が、

古来よりこのお寺の境内あたりであるといわれ、

冥界への入口とも信じられてきたそうです。







「小野篁冥土通いの井戸」


小野篁が夜毎冥府通いのため、

本堂の裏庭にある井戸を、その入口に使っていたそうです。

この井戸から冥途へ行って・・・







「黄泉がえりの井戸」








冥土から帰るのに使った井戸

小野篁伝説参照(←クリック!)








迎え鐘 鐘楼

六道まいりといって

毎年8月7日~10日の4日間

精霊を迎えるために撞くので「迎え鐘」といいます。

この鐘の音響が冥途にまで届くと信じられ、

亡者はその響きに誘われてこの世に呼びよせられるといわれています。

その鐘を納めている鐘楼が100年ぶりの修復工事を終え、

私たちが行った前日(7/18)に、落慶法要が執り行われたとの事でした。








ここを引っ張って鐘を撞き、お迎えするのだそうです。












六波羅蜜寺

ご本尊 十一面観音(国宝)



嵯峨天皇の皇子とされる空也上人により開創

空也上人は、都に流行っていた悪疫退散の為に

自ら十一面観音像を刻んで車に安置し、

市中を曳き廻り、病人にお茶を授けて病魔を鎮めたと言われています。


平安末期には、平家一門の邸宅が建ち並んでいました。








十一面観音立像(レプリカ)と本 堂








弁財天堂








平清盛塚








阿古屋塚

平景清の想い人で、五条坂の白拍子だった

阿古屋(あこや)の菩提を弔うためのもの。


平家の残党を探す畠山重忠は、阿古屋を捕らえ、

詮議のために琴・三味線・胡弓を弾かせました(阿古屋の琴責め)。

その調べに一点の乱れもない事に感動した重忠は

「阿古屋が景清の所在を知らない」

というのは真実であると知り釈放しました。

※歌舞伎 檀浦兜軍記「阿古屋」より








「奉納 五代目 坂東玉三郎」と刻まれた碑

ガイドさんの話では、

 「琴責め」と呼ばれる場面は、

阿古屋を勤めることができる俳優がいなければ上演されません。

六世歌右衛門のあとは、現在、玉三郎だけしか演じられないそうです。








銭洗い弁天と水掛不動








桔梗の花が涼しげです♪








なで牛

「ご自身の痛い所、辛い所を撫でてください」

と書かれていました。








一願石








お寺のお向かいのお家

お花が大好きみたいですね(*^-^*)







京都は暑いと思って覚悟していきましたが、

ここ4日間、毎日夕立があった為

街中が冷やされたみたいで、

この日も、時々傘が要らない程度の霧雨が降り、

それも身体に気持ちが良くて、

割りに快適に散策する事が出来てラッキーでした。


8月はお休みで、次回は9月になります。








昼食は、中華料理

京都ホテル オークラ「ビアテラス」で

<スープ、チャーハン、デザート以外は2人前です。>



翌日から一泊二日で信州へ高山植物を見に行ってきました。

そのお話は次回に・・・






にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。






スポンサーサイト
2017_07
19
(Wed)21:00

梅雨明け間近の庭に咲く花々




今日は、京都の「大路小路を歩く」の5回目に参加してきました。

夏の京都は暑いので、覚悟を決めて行ったのですが、

幸運な事に、ここ4日間は毎日夕立があったとかで、

そんなには暑く感じることなく歩く事が出来ました。

もしかしたら、淡路島の方が暑かったかもしれません(苦笑)


これから時間を見つけて画像処理に入りますね。



先週の火・水と中国地方へ旅行に行っていた時は、

時々霧雨が降っていたのですが(淡路島はどうだったか知りませんが)、

以来ずっと晴天続き。

昨日(7/18)の朝、庭の散水が終わった後から雨・・・

一週間ぶりの恵みの雨でした。

国内のアチコチでゲリラ豪雨が降り、

心が痛む被害が出ているようですが、

降らない所は、ホントに降らない(>_<)

神さまも、もう少し平等にと考えてくださればいいのにと思います。







Garen 東の谷も、紫陽花の花が終わり、

薔薇の花はチラホラだけ・・・

寂しい庭になっています。


そんな中で、ひっそりと咲いているお花たちを探してみました。

以下、今月の17日に撮った画像です。





☆ 青系の花 ☆

青の花は、バラの花にない色。

青系の薔薇と言われる品種も、よく観るとパープル系。

薔薇の傍には、やはり青系のお花が

薔薇の引き立て役になっていいのかな?って思っています。

それに、私は青系のお花が1番好きですし・・・








メドーセージ








ルリマツリ








桔 梗








ジュランタ宝塚








ブルーサルビア








バーベナ









ルエリア






☆ クレマチス4種 ☆




クレマチス プリンス・チャールズ








クレマチス 名無しさん








クレマチス 名無しさん








クレマチス プリンセス・ダイアナ






☆ 白~淡いピンク系の花 ☆




タイタンピカス(アメリカ芙蓉)








白 ジュランタ








ギボウシ








万両の花








白 ニンジンボク








八重のムクゲ








ピンクのノウゼンカズラ








ガウラ








ハツユキソウ








ハツユキカズラ








オステオスペルマム






☆ その他の色の花たち ☆




ヒオウギ








アブチロン チロリアンランプ








ミッキーマウスの木(赤いガクと、黒い実)








セージ バンビューティー









サフィニア








ニチニチソウ









コウショッキ







ハイビスカス








八重のハイビスカス







八重オレンジのハイビスカス








ヘメロカリス








ルドベキア


最後の方の花たちは夏色の花。

私の好みの色ではないのだけど、

暑い中、元気を貰える色ですよね。

これからが夏本番!

身体に気をつけて酷暑を乗り切りましょうね(*^-^*)






にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。








2017_07
17
(Mon)10:20

<おまけの観光> 中国33観音巡りの旅 第5回ー2




中国33観音巡りの旅 第5回 の後半です。

前回は、島根県の1ヶ寺と山口県萩市の2ヶ寺を載せましたが、

今回は、その時に観光で行った2種類の神社の記録です。









松陰神社
・・・山口県萩市・・・




吉田松陰が他界されてから31年後の明治23年、

松下村塾出身者などの手によって

松下村塾の改修が行われました。

この時、松陰のご実家、杉家の人々の手で

松陰の御霊を祀る土蔵造りのほこらが建立されました。

これが松陰神社の前身だそうです。








石碑 「明治維新胎動之地」

明治維新100年を記念して建立。

文字は故佐藤栄作元首相。








松下村塾(ユネスコの世界文化遺産)

松陰の私塾で、当時からこの位置に建っていました。

ここで、明治維新を成し遂げた、数多くの人材が育ったのです。








松陰のご実家、杉家の旧宅(ユネスコの世界文化遺産)

この家も、当時からここに建っていました。








安政2年、萩城下の野山獄より出牢した松陰は、

ご実家の邸内の3畳半の1室に幽囚されます。


ここに松陰を慕ってきた人たちに講義が行われ、

これがやがて松下村塾の教育に発展していきました。








石碑「親思ふ・・・」

「親思ふ こころにまさる 親ごごろ けふの音づれ 何ときくらん」

松陰が家族に宛てた遺書の中で詠われた

有名な和歌が彫られています。








松陰神社本社

御祭神 吉田矩方命(よしだのりかたのみこと) 


吉田松陰をご祭神としてお祀りしています。


明治40年(1907)創建。

今の社殿は、昭和30年に竣功しました。









防府天満宮(日本三天神)
・・・山口県防府市・・・




日本最初の天神様

防府天満宮は日本で最初に創建された天神さまです。

道真公は、九州大宰府へ流される途中、

この地に立ち寄り

「此地未だ帝土を離れず願わくは居をこの所に占めむ」

<解釈:この港を出発すれば、次はいよいよ九州であるが、

この防府の地は、天皇のいらっしゃる京の都とまだ地続きである。

願わくは、ここ松崎の地に住まいを構え、「無実の知らせ」を待っていたい。>

と願い、九州へと旅立たれました。


そして、大宰府にて薨去された翌年、

道真公の願われた通り、

御霊魂の「居」を「この所」である松崎の地に建立し、

「松崎の社」と号しました。


大宰府や北野の天神様は、

無実の罪で九州に流された道長公の

怨念を払うために建てられたそうですが、

こちらの天神様は、それとは趣旨が違うようです。








重層楼門









神牛像

道真公が丑年、丑の日に生まれたという伝承から、

牛は大切にされています。

牛像を擦ると体の痛みが取れると言われ、

私も、足を擦ってきました。








楼門を入ると・・・








社 殿

拝殿では、二人の人がお祓いを受けていました。








楼門を、反対側からUPで。








門の左右に随身を安置








手水舎 の向こうに大きな木があるので

ちょっと気になって・・・








表参道

石段を下りて行きました。

私たちは、バスで迂回

この石段は使いませんでしたが。








大きく枝を広げたクスノキですが、

樹齢何年かなどが書かれた立て札は見つかりませんでした。








天神水鉢

手水舎の後ろの小さな池に、

酒垂山から引かれた水がこんこんと絶えることなく注いでいて

「天神水」といわれています。








放水池(ほうしょういけ)

芭蕉が、「古池や蛙飛び込む水の音」のと詠んだのは

この池なのだそうです。








天神様と言えば、この句↓

「東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」

梅園もありました♪












一日目の昼食 しき心味 月彩 で、松花堂弁当








この後にコーヒーが出てきたので

みんな、大感激!!!








二日目の昼食 防府グランドホテル 兆

防府名物天神鱧ご膳

私が住んでいる淡路島も鱧の産地ですが、

防府市でも鱧が有名なのだそうです。

日本三大神のひとつの防府天満宮にちなんで

「天神鱧」となづけられていて、

防府の夏を彩る名物料理になっているのだとか。









上の四角いお皿には、何が来るのかしら?

そう思っていたら、

揚げたての鱧の天ぷら でした。

やはり、鱧は美味しいです♪







防府天満宮の観光を終えて

バスが淡路島へと出発したのが13:30

途中3回の休憩をはさんで延々とバスを走らせ

帰宅したのが20:30頃

次回は、山口県の下関まで行くので、

もっと遠いのだそうです。

でも、我が家から徒歩2分位の所からバスに乗って、

後はずっと座っているだけなので、

荷物をもって何度も乗り換えていくよりは楽かな?

とも思っています(^_-)-☆





にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。






2017_07
15
(Sat)17:00

<20番~22番> 中国33観音巡りの旅 第5回ー1




今月の11~12日にかけて、

一泊二日で中国33観音巡りの第5回目の旅行に行ってきました。

今回は、初めに島根県の1ヶ寺。

翌日は、山口県萩市の2ヶ寺をお参りしました。



2日に分けて日記を書こうかとも思ったのですが、

記録の為に、3ヶ寺纏めて載せたいと思います。










第22番札所 亀甲山 多陀寺(きっこうざん ただじ)
・・・島根県浜田市・・・

<本尊 十一面観世音菩薩>


多陀寺(ただじ)とは珍しい寺号ですが、

「多陀」の意味は、古代インドのサンスクリット語(梵語)にある、

「tathagata」(タターガタ)の漢音写で、

完全に覚りきられた仏である『如来』を意味します。  
 
全国にお寺はたくさんありますが、多陀寺と言うお寺は唯一当山だけ。


<↑多陀寺のHP より>








仁王門(山門)


横に大きな木がありますが・・・








天然記念物の大楠木(樹齢1000年)








本 堂 



多陀寺開山の流世上人は、

弘法大師と相弟子で、一緒に唐に留学僧として渡り、

恵果阿闍梨(けいかあじゃり)より密法の直伝を受けました。

弘法大師より2年早く帰国(806年)、

諸国を行脚したそうです。

そして、この地でめでたいことが起きる前兆として

不思議な現象に出くわしたので、

唐より持帰った金色観音像を安置したのが始まりと伝えられています。








本堂 屋根の石州瓦が美しいです♪







木造天部像群 [流木仏] 59体(県重要文化財)








摩尼車(まにぐるま)

1回回すと、お経を1巻唱えた事になるそうです。








良縁子宝椿観音

普通は蓮の花を持っているのですが、

この観音様は椿の花を持って

良縁・子宝成就を祈念すると言われています。








水子地蔵








鐘楼堂








四国霊場 お砂踏み場








弘法大師像の周りを取り囲んでいます。

左の赤い鳥居群は、稲荷堂への参道








紫陽花の花は、時期的にレトロな雰囲気









第20番札所 霊椿山 大照院(れいちんざん だいしょういん)
・・・山口県萩市・・・

<本尊 聖観世音菩薩 釈迦牟尼如来>




鐘楼門(重要文化財)

8世紀末 ~9世紀初めに、月輪山観音寺という前身寺院があったそうですが、

鎌倉時代末期に建長寺の義翁和尚が大椿山歓喜寺と改め、

臨済宗の寺院としました。








その後荒廃していましたが、

萩藩2代藩主毛利綱広が、

亡父の初代藩主秀就の菩提寺とするために再建。

その時、秀就の法号にちなんで霊椿山大照院と改めたそうです。








池泉庭園

池の中一面の水草はコウボネ


運悪く、本堂の建て替え工事がされていたので、

境内の殆どの所は立ち入り禁止。

お参りも仮本堂でしました。








コウボネの花

一輪だけ咲いていました♪








お寺の奥にある毛利家墓所

こちらには、2代から12代藩主とその妻の

偶数代の藩主夫妻のお墓があります。


ちなみに、奇数代の藩主のお墓は、

萩市内の東光寺にあり、

輝元のお墓は、萩市の天樹院跡にあるそうです。








そして、重臣やゆかりの深い人々が献上した

603基の灯篭が並んでいます。






 クリック! 拡大画像 








何代目藩主のお墓なのかは

ちょっと忘れました(^^ゞ








細い川を隔てて、萩初代藩主 秀就の墓所








昔、毛利元就の時代には、

長門、周防、石見、安芸、備後、備中、出雲、伯耆、因幡、隠岐の

10ヶ国を制していましたが、

輝元が関ヶ原の戦いで豊臣氏に見方をしたので、

長門、周防の2ヶ国に押し込められ、

石高も120万石から36万9千国へと減らされました。

お城も、広島から萩へと移されたのです。


以後萩は、明治維新前までの約260年間、

13代の藩主が治めることとなります。

また、幕末・明治維新期に、多くの人材が傑出した街として、

今や日本有数の観光地の一つになっているのです。










第21番札所 潮音山 観音院(ちょうおんざん かんのんいん)
・・・山口県萩市・・・

<本尊 聖観音菩薩(観音堂) 釈迦牟尼如来>





石段の上には鐘楼門

観音院は、古くから「玉江観音」と呼ばれ、

海の守り観音として崇められてきました。


もとは、大内氏の念持仏でしたが、

戦いに破れ、九州に逃げていく時、

海が荒れたので、海上の安全を祈って海に沈めました。

そうすると、今まで荒れていた海が

凪いできたのだそうです。








石段の脇には、立派なカイズカイブキの木


後に漁夫の網にかかり姿を表した観音様は

長年海に浸かっていたとは思えない端正なお姿でした。


そのお姿に魅せられた藩主輝元が、

萩指月城構築に際し、

高台の観音院に奉納して構築の成功を祈ったのだそうです。


又、民衆にも境内を解放していたので、

多くの幕末藩士が境内で激論を交わしたとも伝えられています。








観音堂

老朽化の為、解体修理が行われ、

数年前に落慶法要が営まれたそうです。








観音院の中の写真撮影は、

若住職さんにブログ掲載を含めて

了承して頂きました。








臨済宗建仁寺派(禅宗)なので、

建仁寺から、こんなお祝いの書状が届きました。








修理費は、約1億円 (国・市・寺が各1/3負担)

お寺の負担金は、地元住民や檀家等からの寄附が充てられました。








観音堂から見える指月(しづき)山 萩城跡

ここで、お城の構築の安全を見守られていたのですね。












1日目の17:20頃、宿泊所に到着!






大浴場(←クリック!)

いろいろな浴槽が楽しめる大浴場と、








美味しいお料理に舌鼓を打った後、

もう一度温泉に入って床に就きました。



次回は、2日目に行ったおまけの観光、

松陰神社 松下村塾と防府天満宮のお話です。



***** つづく *****









萩温泉郷 源泉の宿・萩本陣







にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。






2017_07
08
(Sat)17:20

あわじオープンガーデン友の会の研修旅行(2) <吉村邸&馬見丘陵公園>




あわじオープンガーデン友の会の研修旅行で、

広大な敷地にある松浦邸の素晴らしいお庭を見学した後

昼食を取って、次にお邪魔したのは、吉村邸でした。








バスで住宅街を通った時、ひと際目立つお家がありました。

それが 吉村邸

ノウゼンカズラがアクセントになっている素敵なアプローチに感嘆!








煉瓦とモルタルの壁を

いろんな植物でお洒落に飾っています♪








壁に飾られたハンギングバスケットも素晴らしいです。








沢山のハンギングバスケットが、

家の前を通る人たちの目を楽しませてくれている事でしょう。








オーナーの吉村さんは

「ここから入って、ヘンゼル&グレーテルになった気分で散策してください」と。








確かに、おとぎの国に迷い込んだようなお庭です。








ここなんかは、まるでイギリスのコッツウォルズに迷い込んだみたい。

行ったことはないのだけど・・・(苦笑)









家の前の塀を業者さんに頼んだ時、

終日、傍で作業を盗み見してやり方を覚えたのだそうです。









そして、その他の素敵な壁は、全部お手製なのだとか・・・

ベニヤ板の上にモルタルを塗り、

コテ等で凹凸を付けて着色したのだそうです。

まぁ~そうなの?

信じられないけれど、そうみたいです。








古びた煉瓦積みに見える壁も、

同じやり方で作られたものだそうです。








普通の住宅街にあるお庭の広さなんだけど、

上手く作られていて、

「次はどんなお庭かしら?」って

期待を膨らませながら散策出来る様になっています。








オーナーさんのコンセプト

地に植わっていた花たちを目の高さにもちあげることがどれほど効果的か。

だたいっぱい植えるのでなく、花たちをバランスよく、

周囲の景観に溶け込ませながら配置することで、

どれだけ心地よい景色が生まれるか。



(↑ 花工房 花夢花夢のHPより)








確かに、お庭全体が立体的。








つる薔薇を絡ませてガぜボ風

何色のお花が咲くのかしら???








奥のお庭にはガーデンテーブル&椅子

外部から遮断された素敵な空間です。








この壁は、最新作だそうです。

裏側は薄茶色で、植物を這わせるように計画されているのだとか。








後ろの垣根は、向こうへ行くほど低くなっていて、

目の錯覚を利用して、奥行きが出るように考えられています。








向かい側にある 吉村さんが主宰されている 花工房 花夢花夢

こちらにも、手作りの壁・・・

ここで、ギャザリングの講習を受けました。


吉村邸も、松浦邸を紹介してくださった

友の会のメンバーのSさんが紹介してくださいました。

Sさん、素敵なお庭に2ヶ所も連れて行ってくださって

本当にありがとうございました。


何かにつけて対照的な二つのお庭

凄く参考になりました。



花工房 花夢花夢で、もう少し時間が欲しいなって思いながら、

後ろ髪を引かれる思いで次の目的地へと向かいました。










奈良県立馬見丘陵公園





管理事務所でパンフレットを頂くはずだったのですが、

生憎閉まっていたので地図がなく、

広い園内を、当て所もなく歩いて行きました。








丁度植え替え作業の最中

沢山の人たちが苗を植えていました。








白と青のニンジンボク

花穂を青空に向けて咲いています♪








このエリアも苗を植えたばかり。

後一月も立てば綺麗になるのでしょうね。








ローズガーデンがありました。








薔薇の花は、終わりに近づいているので、

アップには耐えられませんが。








ガゼボの周りをバラの花壇が取り囲んでいます。








次回は薔薇の季節に来てみたいものです。








ズラッと植えられたアガパンサスの濃い青が、涼しげで、

一幅の清涼剤のようでした。








ひまわり畑

花の咲いている様子はこちらで↓

公園の花々(←クリック!)



残念ながら、私たちが行った時は、

お花の端境期だったようですが、

四季折々に素晴らしいお花が咲いている所のようでした。

参考の為に園内の地図を貼り付けておきますね。




園内マップ





にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。