2018_02
04
(Sun)19:30

京都の穴場の素晴らしいお寺・青蓮院(しょうれんいん)門跡へ・・・




前回の日記のつづきです。

ゴッホ展で、彼の鮮やかな色彩の力強い絵と

生涯恵まれなかった運命に心を残しながら、

バスは、四条通の南座の横でストップ。

1時間半の自由行動になりました。


この辺りは祇園界隈なのですが、

私たちは、祇園を通り抜けて、前から興味があった

知恩院の北隣にある青蓮院門跡に行きました。





天台宗 青蓮院(しょうれんいん)門跡
・・・ 京都市東山区 ・・・




青蓮院のクスノキ

南座と鴨川の間に止められたバスから歩き始め

青蓮院までは、急ぎ足で約20分かかりました。








三千院、妙法院と共に、

天台宗の三門跡寺院のひとつとして古くから知られていて

現在は天台宗の京都五箇室門跡の一つに数えられています。


ちなみに門跡寺院とは

門主(住職)が皇室或いは摂関家によって受け継がれてきたお寺のこと。








境内地図















入り口(受付事務所) 拝観料 500円








華頂殿 客殿(白書院)

欄間には、三十六歌仙額絵が飾られていて、

木村英輝氏奉納の、蓮の襖絵が60面

圧巻です!








木村英輝氏って、どういう人?

ネット検索したら、こういう人でした→プロフィール








ここも華頂殿 客殿(白書院)

左の方へも、ずっと開けていて、

お部屋から見るお庭の景色が素晴らしかったのですが

中国人らしき人のグループがずっと占領していて

お部屋からお庭を見る風景の写真は撮れませんでした。








華頂殿の濡れ縁に出て撮った相阿弥作 築山泉水庭

見事です♪

ここではお抹茶が頂けるらしいのですが、

時間がなかったので諦めました。


次回は、ツアーではなくて個人的に来て

ゆくりとお庭を眺めながらお茶を頂きたいと思ったものでした。








門跡寺院らしい雅な絵の衝立







衝立を背に外を見ると、

木戸からこちらへと延びる通路が。

ここは、どういった入り口???

境内地図には載っていません。








渡り廊下を通って小御所(こごしょ)

狩野派の作と伝えられる障壁画がありましたが

撮影禁止でした。








太閤豊臣秀吉の寄進 「一文字手水鉢」

小御所の建物近くの渡り廊下に面して

巨大な一文字の自然石の手水鉢が置かれています。








相阿弥作 築山泉水庭と龍心池








錦鯉がいましたよ(*^-^*)








小御所








本堂→小御所→辰殿と回ったのですが、

内部は撮影禁止。写真はありません。








お庭への出口から外に出ると、

先程見た衝立のある入り口の前に出ました。

この右横からお庭に出ます。








小御所から見た相阿弥の築山泉水庭に出ました。








築山泉水庭を右手に見ながら歩いて行くと・・・








小堀遠州作と伝えられる霧島の庭園に出ました。















好文亭

江戸時代の天明の大火によって御所が炎上した時に、

後桜町上皇が青蓮院を仮御所としてご避難されました。

明治以降は茶室として活用していましたが、

平成5年、ゲリラ事件の被害に遭い、惜しくも焼失。

その後、人々の温かい支援で、平成7年秋に竣工し、

三笠宮両殿下のお成りのもと、

裏千家家元・千宗室様により盛大な釜開きを挙行。















華頂殿が見えます。

今も、沢山の人影が見えます。

やはり素晴らしいお庭の見える人気のあるお部屋なんですね。








竹 林















お庭にもう1本ある青蓮院のクスノキ








辰 殿

門跡寺院らしく、右近の桜、左近の橘。

中には、重要文化財の障壁画があります。








親鸞聖人童形像

親鸞聖人は9歳の時、慈鎮和尚のもと、

ここで得度されたそうです。








青蓮院のクスノキにお別れを言って

四条通を通って集合場所に戻りました。







にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。


スポンサーサイト
2018_01
21
(Sun)19:00

トールペイントのお友だちとカニツアーへ




トールペイントの教室では、

時々お食事会を楽しんでいるのですが、

今回は、新年会をかねてカニツアーに参加する事になりました。

トールの教室初のバスツアーです♪



徳島発のあなぶきトラベルで、

途中、淡路島からもバスに乗せてもらえるので

ワザワザ神戸まで出かけて参加する必要がないので、

楽にツアーを楽しむ事が出来ます。

ちなみに、私たち夫婦が参加していた

「京都の大路小路を歩く」もあなぶきトラベルでした。



先生と、生徒5人の総勢6人参加の予定でしたが、

前日、Tさんのお嬢さんが体調を崩されたので、

5人で行くことになりました。

1月16日の事でした。







バスは、一路兵庫県内を北へと進み

新温泉町の浜坂でカニフルコースの昼食を楽しみ、

その後、バスで30分位の所にある

湯村温泉へと行きました。

湯村温泉は、吉永小百合さん主演の

「夢千代日記」で有名な所です。




オプションで温泉に入る事も出来たのですが、

私たちは、温泉には入らないで

町を散策することにしました。








八幡神社

バスの駐車場の横にあり、興味があったのですが

お参りをする時間がありませんでした。

後で調べましたら

日本三古塔のひとつ、五輪の石塔があるそうです。













この建物の中には

湯村温泉の元湯で「株湯」と呼ばれる泉源があります。








98℃の温泉が毎分300リットル

静かに湧き出しています。








荒湯ではその高温の湯壺を使って

卵や野菜、芋をゆでる事ができます。








前に来た時は、ここで卵を茹でたのですが、

今回は、後で・・・と思っていたら

時間が無くなってしまいました(涙)







湯村温泉博覧館「夢千代館」へ行ったのですが

みんな「夢千代日記」という名前は聞いたことがあるのですが、

誰も観た事がなく、イマイチぴんとこなかったので

中へ入るのを止めて引き返しました。








ゆむらや おばぁかふぇ

古民家を利用したお店の前を通りました。

クスッと笑ってしまいそうな

面白い言葉が書かれた沢山の張り紙があって

ちょっと興味深いお店です。








これを見て入る事にしました。

中で黒豆茶とお菓子のサービスを頂いた後、

栃のみ入りコーヒーを注文。

美味しかったです(^^♪












天然かけ流しの足湯でひと休み

でもこの日は山陰地方でも珍しくお天気が良くて暖かい日だったので、

少しすると汗ばんできました。








ふれあい手形散歩道

春来川沿いに湯村を訪れた芸能人や文化人の手形プレートが

『60基』設置されています。












薬師堂



この後、バスに乗り、

淡路島へと帰って行きました。

初めてトールの仲間と行ったバスツアー、

楽しい思い出深いツアーになりました。








昼食は、カニのフルコース

バスツアーの代金(12980円)から想像したものよりも

どのカニにも、身がギッシリと入っていて美味しかったです。

大鍋をみんなで囲むのではなくて

1人鍋というのも良かったです(^^)v








お土産付きでした(*^-^*)

紅ズワイガニ、甘エビ、スルメイカ

干物セット(カレイ、キス、ハタハタ)



紅ズワイガニは、身が痩せていてイマイチでした。

その他のは、そのままフリーザーに入れたので

未だ頂いていません。








海苔の佃煮

こちらは、ベリーグッド!(^^)v



後、軽い夕食用にカニの押し寿司を頂いたのですが、

写真を写すのを忘れていました(^^;)







にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。



2018_01
12
(Fri)20:40

<厳島神社&11、13、14番> 中国33観音巡りの旅 第8回 2日目




今日は、とても寒く、雪が降りました。

私の地方では積もりませんでしたが、

洲本市の方は積もって交通事故や渋滞もあって

大変だったそうですよ。








前回 のつづきです♪

宮島内にあるホテルを7:30に出発!

観音巡りの前に、

世界遺産・厳島神社へお参りをしました。








早朝だったので、ラッキーな事に観光客はまばらでした。








先ず、祓殿で身を清めます。








高舞台








狛 犬

男女の狛犬なのだそうですが、

さて、どちらが男でどちらが女なのでしょうか?


答えは、左の角があるほうが女で、

右の角がないほうが男なのだそうです。








有名な大鳥居








拝殿の向こうには本社本殿

みんな揃って柏手を打ってお参りしました。








能舞台

毛利元就が造営寄進したもので、

他の建物と違って檜の白木作り。

左に続く橋掛、能楽屋とともに重要文化財








反 橋

天皇がご派遣になる勅使が

ご参拝の時にお渡りになったことから

「勅使橋」とも言われています。


毛利元就、隆元父子の再建によるもの。









第14番札所 多喜山 水精寺 大聖院(たきざん すいしょうじ だいしょういん)
・・・ 広島県廿日市市宮島町 ・・・

真言宗御室派 大本山 

ご本尊:十一面観音菩薩、波切不動妙






  

仁王門

宮島にあるお寺の中で

最も歴史が古いのが大聖院です。








このお寺は、弥山の麓にあるのですが

その弥山の山頂の霊火堂にある「きえずの火」

806年に弘法大師がここで100日間の修業をされて以来

1190余年も消えることなく燃え続けています。







大般若経筒(六百巻)

三蔵法師がインドから持ち帰ったお経で

触ってお参りすると、沢山の福が得られるのだそうです。



勿論、石段を上る時も下る時も触りながら歩きました。








観音堂








巨大なすりこ木

三回まわして自分の煩悩や罪を磨り潰すのだそうです。










第13番札所 龍泉山 三滝寺(りゅうせいざん みたきでら)
・・・ 広島県広島市西区三滝山 ・・・

高野山真言宗

ご本尊:聖観世音菩薩、三鬼大権現





バスが近くまで行けないので、

少しの間参道を歩いて行きます。


前を歩いている男性は、私たちの添乗員さん。

一足先に納経所へ行ってくれています。








赤や白の椿の花が、

歩く私たちを勇気づけてくれます。








やっと境内に着いたのですが、

本堂は、遥か先の方のようです。








小さな橋の向こうに鐘楼が見えてきました。








境内は深山幽谷の風情があり、

緩やかな登り道を歩いているのですが、

心癒される感じがします。








梵音の滝

写真はありませんが、

駒ヶ滝と幽明の滝と合わせて「三滝」の由来になっています。








茶 堂








本 堂

やっと到着です。








参道沿いには、小さな石仏がたくさん立ち並び、

思い思いの表情を見せてくれます。








原爆供養合同歌碑

広島に原爆が投下された時、

この三滝寺は避難所になったそうです。








平和祈願の碑

今も、犠牲者の供養と平和の願いを発信しているお寺でなのす。








多宝塔

元は和歌山県の広八幡神社にあったのですが、

原爆死没者の慰霊のために、この三瀧寺に移築され、

毎年8月6日と秋の多宝塔 本尊・阿弥陀如来御開帳法要の折には、

慰霊法要が厳修され、幾十万もの犠牲者の菩提が念じられています。










第11番札所 潮音山 向上寺(ちょうおんざん こうじょうじ)
・・・ 広島県尾道市瀬戸田町 ・・・

曹洞宗 ご本尊:聖観世音菩薩




山 門

本四架橋のひとつ・しまなみ海道の中の生口(いくち)島に立つ

室町時代創建のお寺です。








本 堂

古来より災害鎮圧と興隆繁栄の祈願寺として

親しまれてきました。








鐘 楼

梵鐘の音色は、除夜の鐘として

毎年全国に放送されているそうです。









三重塔(国宝)

和様唐様の混合様式で内部全体にも極彩色が施され、

室町初期で最も美しく優れているものの一つに数えられています。

日本画壇の巨匠 平山郁夫画伯

幼少の頃、境内でよく遊ばれたそうです。
















平山画伯の絵と同じアングルで撮ってみました。








昼食は、広島ダイヤモンドホテル別館 日本料理 花野

目と舌の両方で楽しむ事が出来ました。







中国33観音巡りは、1月と2月は冬休み

次回は3月になり、4月で結願になります。






にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。



2018_01
09
(Tue)19:50

<12番、山口・特別霊場> 中国33観音巡りの旅 第8回 1日目



皆さま方は、それぞれに素晴らしい新年を送られたことと思います。

あっという間に10日近く経ってしまって、ちょっと慌てています(滝汗)

年末年始を忙しく過ごしていたため、

PCに向かう時間が殆どありませんでしたから。

久しぶりの更新です。



今回は、少し前のお話になりますが、

先月の12~13日に行ってきた

中国33観音巡りの8回目の事を記録に残したいと思います。







第12番札所 御許山 佛通寺 (みさきさん ぶっつうじ)
・・・ 広島県三原市高坂町 ・・・

臨済宗佛通寺派大本山 ご本尊 : 十一面観世音菩薩




巨蟒橋(きょもうきょう)

屋根のある珍しい橋です。








佛 殿

碧巌古松(へきがんこしょう)の参禅道場として

600年の法灯の歴史を刻む、臨済宗の大本山。








大方丈

佛通寺の本堂で、儀式法要、法話説法の場です。

方丈とは、もともと一丈四方(3m×3m)の居室の意味でしたが、

後に大伽藍として建てられるようになりました。


ご本尊は、童子観音像で高村光雲工房の門派による作








鐘 楼

枯れ山水の砂紋が禅寺らしく凛としていて美しい~~~☆彡








山門から巨蟒橋(きょもうきょう)を見る








広島県天然記念物 イヌマキ

巨蟒橋の横に立っています。







特別霊場 神峰山 用明院 般若時 (しんぽうざん ようめいいん はんにゃじ)
・・・ 山口県熊毛郡 ・・・

真言宗御室派 ご本尊 : 聖観世音菩薩




仁王門

平成26年に修復され、

建立当時の姿を今に伝えています。









木造金剛力士立像 (鎌倉時代の作)

仁王門と一緒に平成26年に修理されて安置








下の方に瀬戸内海が見えますが、

般若寺は、 古来より

瀬戸内海を往来する人たちを見守る

「大畠瀬戸の燈台」としての役割を担って 今日に至っています。

また、大畠瀬戸に伝わる般若姫伝説の舞台となるお寺です。








観音堂

般若姫の化身ともいわれる本尊聖観音をお祀りしています。








西向きに立っている仁王門

春分の日と秋分の日には、

仁王門の中心に夕日が沈みます。








極楽橋を渡っていくと、

向こうに本殿がありますが、

時間の関係でそちらにはお参りしませんでした。













昼食は、広島市西条にある仏蘭西で。








日本酒の仕込み水を使ったお料理と

賀茂鶴の日本酒が楽しめる和洋食レストランで、

京の町屋をイメージした雰囲気の寛ぎ空間がある

加茂鶴直営のお店です。







旧西国街道「西条四日市宿」

本陣(お茶屋)跡



昼食場の仏蘭西屋を出てすぐの所にありました。








酒蔵通りを少し散策








マンホールの蓋の模様も・・・








煙突に「西條鶴」と書かれています。








こちらは「ハクボタン」

白牡丹ですね。








そして「加茂鶴」

後で調べてみますと、JR西條駅の東側には

七つの酒蔵が並んでいました。

もう少し時間があれば・・・と思ったものでした。












今回のお宿は、広島県の宮島の中

厳島神社の直ぐそばにありました。








夕食後、ロビーで和太鼓演奏がありました。








迫力のある太鼓演奏を楽しんだ後、

温泉ではなかったのだけど、

大浴場で長旅の疲れを癒し、

翌日の旅に備えました。








夕食です♪



翌日は、世界遺産の厳島神社にお参りした後、

3ヶ寺にお参りしました。



***** つづく *****







神撰の宿 みや離宮









にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。


2017_12
16
(Sat)15:00

地才地創 波賀町の自然薯(じねんしょ)と岩津ねぎを訪ねて




気が付け12月も半ば

今年も後り半月になってしまいました。

12~13日にかけて中国観音巡りで広島県へ行ってきましたが、

今年のバスツアーもこれでお終い。

これからは、年賀状作りと薔薇の剪定に集中しようと思っています。







今月の9日には神戸新聞旅行社のバスツアーに参加してきました。

残念ながら淡路発はないので、

高速バスとJRを乗り継いで明石まで行って参加しました。

高速バスで淡路島内を走っている時は

激しいミゾレが降っていたので、

大変な日になってしまったと思っていたのですが・・・








明石を8:10に出発して波賀町の道の駅に着いたのが10時過ぎ。

こちらでは青空が見えていました(^^)v

やはり雪が降ったみたいで、

山々は白くお化粧をしています♪








道の駅からバスで少し行った所の畑で

自然薯の産地見学です。








生産者さんのお話を聞きながら

お薯を掘るのを見学するのです。

こんなパイプの中でお薯を育てるのだそうです。








立派な自然薯が出てきました。

これで1本が3000円位だとか・・・

道の駅で売られていましたが、手が出ませんでした(涙)








自然薯畑から見た長閑な風景








道の駅みなみ波賀で

自然薯を使った昼食







昼食後は、生野鉱山町へと向かいます♪








途中、雪景色が続きます♪








今冬初めて見た雪・・・

なんだか美味しそうに見えました(*^_^*)







途中、興味深い廃墟らしき場所の前を通過。

バスを降りて見学したいと思ったものでした。

帰ってから調べてみました。

神子畑選鉱場跡( みこばたせんこうじょうあと)(←クリック!)


興味のある方は、リンクを覗いてみてくださいね。

現在は立ち入り禁止の場所が多くて

整備中なのだそうです。

その内に行けるかも・・・と、楽しみにしています(*^_^*)







日本遺産・生野鉱山町

ボランティアガイドさんと一緒に散策します。








生野代官所跡(生野平城跡)

ここから見学スタートです。








旧生野警察署(元一区公民館)

明治19年、地元の大工が

異人館をまねて建てたのだそうです。








建物の前には

懐かしい赤い郵便ポストと電話ボックス








寺町通り

8ヶ寺が並んでいます。








来迎寺








東西寺

境内には、徳川家康の像と

歴代将軍の位牌が安置されています。








西福寺

明治元年、フランス人鉱山技師ジャン・フランソワ・コアニエ氏と夫人が

生野に訪れた時に、異人館が完成するまでの間

宿泊所として利用されました。








カラミ石

江戸から大正時代にかけて

生野鉱山で精錬された鉱石の

残りカスの塊を成型して

屋敷の土台や側溝、塀などに利用していました。

とても重いものなんだそうです。








金蔵寺

平安後期に真言密教のお寺として創建されました。

釣鐘も古く、鎌倉時代に鋳造されたもので

戦時中の供出を免れた町内唯一の鐘です。








教徳寺

塀や石段の両サイドにカラミ石が使われています。








旧生野鉱山社宅

官営生野鉱山に勤務していた

日本人官史の為の和建築の官舎。









4棟が現存。

そのうち3棟は明治9年に建てられました。

日本で最初の社宅ではないかと推定されています。








現在公園になっている所に

志村喬の成果があり、

4棟のうちの1棟で志村喬記念館がオープンしています。








旧地役人住宅








佐藤家住宅別邸

江戸時代に郷宿と掛屋を兼務した町家








生野まちづくり工房 井筒屋

江戸時代、生野銀山町では

旅人の宿泊が禁止されていましたが

公事人の宿は6軒ありました。

井筒屋は、その1軒です。


平成14年、町の新しい集いの場として甦りました。








小さなさるぼぼが散りばめられたリース








中には、暮らしを伝える生活用品が展示されています。








姫宮神社への参道にかかる姫宮橋








市川に架かる姫宮橋からの風景

川沿いを走るトロッコ道

大正9年、金香瀬坑道から川沿いに

鉱石輸送の為の電車専用道が建設。








姫宮橋から見た反対側の風景

トロッコ道のアーチは、日本の近代化における

土木建築としての価値が評価されています。








町の散策中で見つけたマンホール



生野銀山は、1542年に本格的な採掘が始まり

織田、豊臣、徳川それぞれの直轄鉱山として栄え、

明治元年には政府直轄となり、

その後は皇室財産にもなった大鉱山です。

明治29年、政府から三菱合資会社に払い下げられ、

はじめて民間事業となりましたが、昭和48年に閉山。


先日行ってきた別子銅山は住友でしたが

生野銀山は三菱でした。

生野町の人々は、何らかの関係で三菱の恩恵を受けていたので

田舎では珍しく田んぼや畑などはなく、

町全体が昔から住宅だったそうです。


生野銀山へは何度か行ったことがあるのですが

そこで働いていた人たちが住んでいた町へ行ったのは初めて。

へ~そうだったのか・・・と、

いろいろと興味深いお勉強ができました(^^)v












岩津ねぎ収穫体験と試食

柔らかくて甘みのある、とっても美味しい岩津ネギ

収穫体験(私は、珍しくはないのでしませんでした)の後

生産者さんのお話と試食

炭火で焼いた岩津ネギと天ぷら

どちらも美味しくて、炭火で焼くのは大変だけど

天ぷらは是非やってみたいと思いました。

お土産に、一人一束ずつ頂いて帰りました(^^)v


自然薯は高すぎて買えなかったのだけど、

岩津ネギだけでもGETできて嬉しかったです(*^_^*)







次回は、今年のツアーの打ち止めで行ってきた

中国観音巡りの広島編ですが、

その前に年賀状作成とつる薔薇の剪定を済ませたいと思っていますので、

少しの間、ブログの方はお休みさせて頂きたいと思っています。





にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。



2017_12
10
(Sun)20:20

千年の都「平安京」の大路小路を歩く 第9回




今日はお日様が出て、

比較的穏やかな1日でした。

今年も後わずか・・・

気持ちは急いていますが、

相変わらずバスツアーを楽しんでいます♪

昨日は、兵庫県朝来市界隈へ行ってきましたが、

今冬初めての雪景色にも巡り合えました。







3月から始まった千年の都「平安京」の大路小路を歩くも

12月2日に行ってきた今回の九条通で最終回になりました。






「羅城門」と東西の官寺が都の威厳を放った≪九条通り≫


平安京の南限、「九条大路」にあたる道。

東は東大路から西は葛野大路に至る4.1km

平安遷都の時には、都の正門・羅城門

堂々たる姿で建てられていました。








若一神社(にゃくいちじんじゃ)








平安末期、平清盛の邸宅・西八条第を建てた際に

敷地内の鎮守社として紀州熊野の若一王子をお祀りしました。








本 殿


清盛がその後、太政大臣に任ぜられたことから

「開運出世の神」として信仰されています。








境内で仰ぎ見ると

モミジの赤が青空に映えてとても綺麗~~~☆彡








クスノキ(?)も、空を覆い隠すかのように

大きく枝を張っています。








歌 碑

~萌出づるも枯るるも同じ野辺の草
            いづれか秋にあはで果つべき~


意味:芽生えたばかりの草も枯れようとする草も、

野辺の草は結局みな同じように、

秋になると枯れ果ててしまうのです。

<人の世の無情を歌った平家物語の史跡>








平清盛像








楠社(くすやしろ)

樹齢800年を超す大樹。

平清盛のお手植えと言われ、若一神社の御神木。


昭和9年に市電のレールが敷設される際に

木を切ろうとしたら不幸が相次いだので

レールはクスノキを避けてカーブするように設けられました。












西寺跡

794年に平安京が作られた時

羅城門の西に創建されました。


東の東寺と共に、国家を守護する二大宮寺の役割を担っていました。

990年の大火など火災が相次ぎ焼滅。








礎石だけが残っています。












鎌達稲荷(けんたついなり)神社

ここは、伏見稲荷大社よりも歴史が古くて、

元稲荷とも伝えられています。


平安朝以降は

陰陽師・安倍晴明の子孫、安倍土御門家ゆかりの神社となっています。








サムハラの御守りが有名なのだそうですが

御社殿の右手に写真のような小さな箪笥が置かれていて

引き出しを開けると、御札、御朱印等と共に用意されています。

代金は、御社殿のお賽銭箱にお納めするのだそうです。







サムハラの御守り

「サムハラ」は漢字で表記することができない神字。

呪文のようなものです。


弾除け、厄除け、無病、無傷の護符とされ、

古くは加藤清正が朝鮮出兵の折に

「サムハラ」の4字を刀に刻んで戦いに挑み、

九死に一生を得たのだとか。












羅城門跡

794年の平安遷都の時に建設された平安京の正門

京の中央を南北に貫く朱雀大路の南の端にそびえていました。

幅33m、高さ21mもある巨大な門でしたが

奥行きが8mと短かった為に風に弱く

2度強風により倒壊。

その頃、既に平安京の西域が衰退していたこともあって

朱雀大路がメインストリートでは無くなっていので

その後の再建はありませんでした。












矢取地蔵

平安初期、東時には空海、西寺には守敏(しゅびん)という僧が住持し、

その勢力を競っていました。

長く日照りが続いた時、ふたりは「雨乞い合戦」をし

空海に軍配が上がりました。


以来、守敏は空海を恨み

羅城門近くを通る空海を待ち伏せして

矢を放って命を狙ったのですが

お地蔵さまが身代わりとなって助けたと言われています。


このお地蔵さまが「矢取地蔵」と呼ばれ

災難除けのご利益で信仰を集めているのだそうです。












千年の都「平安京」の大路小路を歩くの

最終ゴールの東寺です♪








南大門

東寺は、唯一残る平安京の遺構です。

創建からおよそ1200年。

平成6年に世界遺産として登録されました。


門を通して見えるのは金堂








新幹線の車窓からこの五重塔(国宝)が見えると

京都に着いたんだって何時も思います。


ラッキーな事に

五重塔の初層内部が一般公開されていました。







もう終わってしまったと思っていたのですが、

思いがけず美しい紅葉に出会えました。








金 堂 (国宝)

豊臣秀吉の再建で、

ご本尊・釈迦如来像が安置されています。








講 堂 (重文)

大日如来を中心に五大明王(国宝)など

21体の仏像が安置されています。

この配列は、「立体曼荼羅」と言われています。








瓢箪池と五重塔のコラボ

絵になります(*^_^*)








瓢箪池の水面に映った紅葉

素敵です~~~☆彡








カメラを、少し右に移しました。

青空も映って素晴らしいです(^^)v








この位置は五重塔を写すスポットのようで

沢山のカメラマンがいました。

人物を外して写すのに苦労しました(^-^;








御影堂(国宝)へも行ってみたかったのですが

残念ながら修復中でした。







今回は九条通りだったので、高速インターから近い所でした。

ガイドさんと落ち合うのはお昼過ぎだったので、

午前中に少し時間の余裕がありました。


昼食場所の近くの神社へ・・・








御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ) 表門







表門を潜り抜けると鳥居があり、

その向こうには立派な参道が続いています。








拝 殿

安産の大神として広く崇められている

神功皇后(じんぐうこうごう)を主祭神とした神社








お宮参りをしていました。

赤ちゃんとパパ&ママ

それに両方のおじいちゃまおばあちゃまなのでしょうね。

お幸せに・・・・・








絵馬堂

大きな絵馬が沢山飾られていました。








もう椿の花が咲いています♪

この日は、小春日和の気持ちのいい日でした(^^)v








武田街道の車石、車道








伏見城跡残石








昼食は伏見の十二屋








鉄板しゃぶしゃぶ定食

柔らかくて美味しいお肉でしたが

量が少なくて、ちょっと物足りなかったので、

翌日の夜は鉄板焼きにしました。







最終回を迎えて、ちょっぴり寂しさを感じましたが

来春には、新たな京都シリーズが始まるのだとか。

楽しみが出来ました\(^o^)/






にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。


2017_11
21
(Tue)20:00

千年の都「平安京」の大路小路を歩く 第8回




このところ真冬の様な寒さが続いています。

そんな中、19日(日)には歴史ウォークで洲本市内を散策。

寒風に吹かれながらでしたが、

楽しく郷土史のお勉強をしてきました。

でも、その事を書く前に、

未だ更新していない旅日記があるのです(汗)

そう、今月の11日に行ってきた京都の道歩きです。







栄華を極めた平家の夢の跡≪八条通≫と「島原」へ


平安京の「八条通」にあたる道は、

東は河原町通から、途中JR線に中断されながら

西は桂大橋西詰まで続いています。

平安末期には、平清盛の「西八条第」がありました。








島原大門

八条通を少し北に上がったところにあります。

島原は、日本最初の公に認められた花街です。


京都を代表するイメージの1つに舞妓さんや芸鼓さんの姿がありますが、

京都の舞妓さん、芸鼓さんは、祇園甲部、宮川町、先斗町、祇園東、上七軒の五花街の

何処かに所属しています。

京都の花街はかつて、五花街以外にもう一ヶ所ありました。

それが島原という花街です。

こちらは主に、皇族や貴族を中心にもてなした花街で、

当時女性に与えられた最高の位・大夫を授けられた女性が活躍した街です。








輪違屋(わちがいや)

創業1688年、320年以上の歴史を誇り、

今も営業を続ける島原唯一の置屋です。

輪違屋には今も大夫が在籍しています。








東鴻臚館址(ひがしこうろかんあと)


 平安時代、京の中央を南北に朱雀大路が貫き、その七条以北の東西にふたつの鴻臚館が設けられていたが、この島原付近は東鴻臚館址にあたる。当時この館を利用したのは唐ではなく、渤海国の使節に限られた。時の政府は渤海客を大いに歓待し、日本の国威を示すために林邑楽を演奏したり、詩文の会などを催していたが、延喜20年(920)
頃には廃せられた。そうした由緒ある顕客接待の場が、江戸時代の島原にもてなしの文化の場として蘇ったことは意味深いことといえる。

       平成十三年十一月吉日
                 島原伝統保存会


白梅や墨芳しき鴻臚館   蕪村

   









角屋おもてなしの文化美術館

島原の開設当時からの歴史を持つ旧揚屋

現在の料理屋・料亭にあたります。








 門口(かどぐち)

門口とは街路から人が出入りする門のこと。

普段は閉まっています。








上の画像の門口を内側から見たところです。

角屋の家紋「蔓三つ蔦(つるみつつた)」を染めた暖簾が下げられています。








新選組の刀傷

角屋の支払いに「ツケ」がきかなくなったのに腹を立てた

新選組の1人が付けた傷。








趣のある釣瓶にも角屋の家紋「蔓三つ蔦」








玄関(来客用)








台 所

角屋は、大人数の宴が段取りできる

大規模な台所を備えていました。








梅小路公園へ・・・

市街地の中心にありながら

緑と花を身近に感じることの出来る空間として

平成7年に開園しました。








秋の色に染まった木々を眺めながら

公園内を歩いて行きます♪








この日はお天気が良くて

将に小春日和








歩いていても空気が清々しく気持ちがいい~~~☆彡








西八条第跡

この辺りには、平清盛をはじめとする一門の邸宅群がありました。

6町(約6ヘクタール)以上を占める広大な敷地を有し、

東山の六波羅邸に匹敵する程だったとの事です。








京都水族館

2012年3月に開業した内陸型水族館で、

日本初の完全な人工海水利用型水族館。








さくらの回廊

21世紀の桜の名所になるように

代表的なサトザクラ27種、130本を植樹しています。








今年の紅葉は、ホントに素晴らしいですね。

特別に紅葉狩り等には行っていないのですが、

行く先々で素晴らしい紅葉が楽しめます。








やっと八条通を西に向かって歩き始めました。

通りはJR線に沿って伸びています。








八条通と壬生通の交差点にあるのは・・・








六孫王神社








清和源氏発祥の宮とも書かれていますが・・・









六孫王大神(ろくそんのおうおおかみ)をお祀りする神社

清和天皇第六皇子の貞純親王の子で、

天皇の孫であることから「六孫王」と称される源経基(経基王)のことです。








本 殿

境内は源経基の邸宅の跡地で、

経基が臨終の際に

「死後は龍神となって邸内の池に住んで子孫の繁栄を祈るから、この地に葬るように」

と遺言したといわれています。








神龍池








誕生水弁財天社

源経基の子の満仲誕生の産湯に使われた井戸の上に祀られたことから、

誕生水弁財天と呼ばれるようになったそうです。

現在では幼児の守護神とされ、

特に井戸水は安産の水や健育の産湯として

都七名水のひとつに数えられているそうです。








ルリマツリがこんな木立仕立てに出来るんですね。

我が家はフェンスに絡ませているのですが・・・








狛犬でガイドさんのお話。

右の狛犬が夫で鞠で遊んでいます。

左の狛犬がその妻で、口をへの字にして

「遊んでばかりしないで、ちょっとは子供の面倒も見てよ」

って怒っているように見えませんか?(笑)








源経基は牡丹を愛でていたので

境内には牡丹の株が沢山植えられています。

そして、社紋も牡丹です。



その後、八条通を東へと歩き、

JR京都駅の八条口で買い物時間を取り、

帰路に着きました。












昼食は、ANAクラウンプラザホテル京都のコジー








ロビーには、砂糖工芸菓子・二条城

このホテルは、二条城の前にあるのです。








ランチバイキングです♪








先月の昼食は、みんなブーイングでしたが

今回は大満足~~~☆彡

でも、悲しい事に、そんなに沢山は食べられないんですよね(涙)


来月は、九条通り。

いよいよ最終回です。







今週の木曜日は祖母の25回忌法要

金曜日は、トールのお稽古日で、

土曜日は地区の芸能祭で、太極拳を表演。

そして、日曜日は、美術鑑賞のバスツアーが待っています。

・・・と、相変わらずハードスケジュールをこなしている私です(滝汗)







にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。






2017_11
16
(Thu)22:22

紅葉の阿瀬渓谷ウォークとやまめ料理の昼食




神戸新聞旅行社のバスツアー「兵庫ごこくを歩こう!」

第5回(最終回)は、但馬地方へ行ってきました。

ちなみに、「ごこく」とは、

兵庫県が昔、摂津・播磨・但馬・丹波・淡路という5つの国だったので、

その「五国」をやわらかく表現しているのです。



先ずは、豊岡市日高町にある阿瀬渓谷のウォーク。








やまめ料理「阿瀬」の前からスタート!








初めの方は、渓谷沿いの舗装された道を歩いて行きます。








行った日は、今月の8日。

紅葉には少し早いかしら・・・と思っていましたが、

木々が色づき初めていて綺麗~~~☆彡








関西電力 阿瀬水力発電所の水圧鉄管中腹部

写っている部分が落差で約100m分で、

尾根沿いに更に上まで延びています。

発電所の建物は、木々に隠れていたので

撮影は出来ませんでした。


大正2年に運用開始 昭和31年に出力増加

今も現役だそうです。








杉の木立を通り抜けると・・・








遊歩道の入り口です。

ここからは地道になります。








落ち葉を踏みしめ、

森のシャワーを浴びながらのウォークです。








阿瀬渓谷は、「ひょうご森林浴場100選」や

「ひょうご風景100選」にも選ばれている所。








いもじが滝


又、「阿瀬渓谷四十八滝」とも呼ばれるように、

大小様々な滝が、見事な風景を作っています。








源太夫滝

滝のマイナスイオンで、

心も身体もリフレッシュ!







 クリック! 拡大画像 








源太夫滝


この日は、朝家を出る時には、激しい雨が降っていたので、

レインウェアーを用意して行ったのですが、








鉄砲滝

幸いにも雨は降りませんでした(^^)v

でも、先日2週続けてやってきた台風20号と21号で、

この辺りも被害があったそうで、

遊歩道も、予定した所までは危なくて行けないのだとか。

「自然が相手では文句は言えないね」

と言いながら歩いて行きました。








思案橋

この日の予定では、ここでUターンだったのですが、

青空が見えてきたので、もう少し先まで進みましょう

でも、危ないので自己責任でという事になりました。








思案橋から見た思案ぶち

もう少し先まで行けることになったので、

ランラン気分で橋を渡って行きます♪








岩の上にへばりついた濡れた落ち葉の上を

滑らないように気をつけながら、

一歩一歩前に進んでいきます。








「写真を撮る時は立ち止まってから!」

夫の声が背後から聞こえてきます(^-^;







「道の山側を歩け!谷川は危ない!」

又、夫の声です。

彼は登山をしていたので、結構うるさいんです(苦笑)








割れ岩


割れ岩の伝説

昔、この大岩は上の崖にあり、下が空洞で雨宿りの場所であった。

徳川時代後期の12月4日、金山村の村人たちが正月用品を買い求めての帰り、大岩の下で休息し、家路に向かった。

直後、渓谷を揺るがす大音響に振り替えると、大岩が割れ落ち、間一髪で難を逃れた。

以来、不動明王のお陰と、金山不動尊を祀り、12月24日を金山村の休日と定めたのである。


↑横にあった立て札の説明文から引用








百畳がぶち

濡れているので滑りそう(滝汗)

もう、スリル満点!








でもこういうのって、結構楽しいんです(*^_^*)








ガラン橋

橋を渡って、対岸の方へ・・・








岩に生えた苔を伝って水が流れています。

実際に見ると、とても綺麗だったのですが、

写真では伝わらないですね(^-^;








月照滝

落差6mだそうです。

下へ降りて写真を撮る人もいましたが、

下りる所が濡れていて滑りそうだったので断念!








月照滝

上からズームで写しました。

ここでUターン!

もと来た道を帰ります♪








割れ岩にサヨナラをして・・・

実は、月照滝からここまでの道が

帰りは緩やかな下り坂という事もあって、

帰りの方が、ちょっと大変でした(^-^;








ここまで降りてくると、余裕で歩け、

周りの景色だって歩きながら楽しめます(^^)v








山々もお化粧をし始めています。








阿瀬渓谷なんて、今まで知らなかったのですが、

ウォークを楽しむには、とても素敵な所でした。








次回は、お天気のいい日に又来てみたいと思ったものでした。








やまめ料理「阿瀬」で昼食

囲炉裏を囲んで、やまめとお餅を焼いて頂きます。

豆入りのお餅が美味しかったです。

お櫃にいっぱい入った山菜ごはんは、

余った分は、みんなで分けてお土産になりました。







道の駅ようか但馬蔵でお買い物を楽しんだ後は

朝来市へ行きました。








黒大豆枝豆収穫体験

今回は、ちょっと変わっていて、

収穫した枝豆の株が温室の中に吊り下げられていて、

サヤを手でむしり取っていくのです。

1人650g位。

今回のお豆さんは、はゆがかないで乾燥させて

お正月の黒豆として使う予定です。








温室の傍にある公民館の前には

案山子さんが並んでいます。








こちらでは、案山子さんが店番をしています。








公民館の中で、黒枝豆、コンニャク、岩津ネギの試食をしながら

地区の責任者の方から

食についてのお話を伺いました。

ホントは、岩津ネギを買いたかったのですが、

まだ解禁まえだったので手に入りませんでした。

次回(12月初旬)のバスツアーの時には手に入ると思うので

楽しみにしています♪

岩津ネギって、柔らかくて甘く、本当に美味しいんですよ(*^_^*)





にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。






2017_11
12
(Sun)20:30

<岡山・特別霊場、4番> 中国33観音巡りの旅 第7回




今月は行事が目白押しで、

ブログの更新が追い付きません。

今頃になって、10月最後の日(10/31)の旅行記を書いているんですものね(滝汗)







中国33観音巡りでの今回は、

岡山県で残っていた2ヶ寺(木山寺と誕生寺)で、

日帰りで行ってきました。






特別霊場 栃社山 誕生寺 (とちこそざん たんじょうじ)
・・・ 岡山県久米郡 ・・・

浄土宗  ご本尊 : 聖観世音菩薩




浄土宗の開祖・法然上人 生誕の地です。








山 門 (重要文化財)








誕生寺の大イチョウ

山門を入った所にあるイチョウの木で、

法然上人が菩提寺のイチョウを杖として持ち帰り

庭に挿されたのが活着したと言われています。


幹が逆円錐型に太り、枝は扇状に伸びる様から

逆木の公孫樹(天然記念物)の別名があります。








旅立ちの法然さま








観音堂








御影堂 (重要文化財)








新築再建された瑞応殿(阿弥陀堂)








片目川に架かった無垢橋 (国の登録有形文化財)を渡ると・・・








左側には、六角堂へと続く道があり、








正面の門を潜ると、法然上人ご両親御廊があります。








方丈と鐘楼

中のお庭も素晴らしいのだそうですが、

残念ながら、見る時間がありませんでした。









第4番札所 医王山 感神院 木山寺(いおうざん かんじんいん きやまじ)
・・・ 岡山県真庭市木山 ・・・

高野山真言宗 別格本山

ご本尊:十一面観音菩薩、薬師瑠璃光如来




石段の上に見えるのは

お寺に現存する最古の建造物の山門・不老門








本堂への石段

標高430メートルの山上にあり、

周辺一帯は郷土自然保護地域に指定されていて、

自然環境の美しい霊峰につつまれているお寺です。








本 堂

石段を上がった所に鳥居があり、

日本古来の形式を残す神仏習合の佇まいをしています。








鳥居の脇には、狛犬ではなくて狐さん(?)








鐘 楼








青空を背景に、黄色のイチョウが映えています♪








鎮守殿








台風21号が通り過ぎて行った翌日。

今回は、好天気に恵まれました(^^)v








大師堂

そうなんです。

ここは、真言宗のお寺でした。








大師堂の横にはお大師様の像

四国巡礼の時は、ずっとお大師さまと一緒でしたが、

中国観音は、観音様巡り。

久しぶりにお目にかかったような気がします。








弁才天








昼食は、奥津温泉 花美人の湯で。

時間がないので、温泉には入る事が出来ませんでした。

とても立派な施設でしたが、

閑古鳥が鳴いていそうなところでした(苦笑)

お食事のお味の方は?

う~ん、ノーコメント(^-^;








明石海峡大橋を渡った時は、

橋の電飾がレインボー色になっていて、

それを見ると、疲れが吹っ飛んだような気がしました。







今読み返してみると、

我ながら心がこもってないなって思いました。

水曜日に但馬地方、昨日は京都、今日は鳴門市へ行ってきたので

元気印の私も、ちょっと疲れ気味。

こういう時だってありますよね~(苦笑)






にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。






2017_10
30
(Mon)22:22

丹波焼の里ウォークと丹波黒大豆枝豆狩り体験 ~ごこくを歩こう!第4弾~ 




先週の金曜日から来ていた東京の友人ふたり。

なんとか心配していた台風22号には遭遇することもなく

淡路島を楽しんで帰って行かれたので、

ホッと胸をなでおろしています。



そのお話を書く前に

今月の24日に、神戸新聞旅行社の

歩いて知ろう 兵庫の自然と食ツアー

のお話です。

兵庫五国(但馬、丹波、摂津、播磨、淡路)を歩き、

“兵庫の多彩な風土や食文化を学ぶ日帰りバスツアー”の4回目です。

1回目(播磨)は、予定が合わなかったし、

3回目(淡路)は地元で、とてもよく知っている所だったので

ワザワザ行くこともないと思い不参加。

2回目の播磨地方だけ参加したのですが、

それがとても良かったので、今回も楽しみにしていました♪








丹波焼の里ウォークは、

篠山市今田町上立杭にある兵庫県立陶芸美術館の麓からスタート!








四斗谷川(しとだにがわ)

地元のガイドさんを先頭に

立杭を流れる川沿いに歩いて行きます。








ほとけ橋

小さな橋の4ヶ所に、陶器でできた大きなツボが飾られています。








今田町のマンホール蓋

立杭焼きの花瓶、徳利、急須、そして

今田町の花「サギソウ」が描かれています。








「やきもの通り」に等間隔にはめ込まれている陶板レリーフ

一つしか写真に写せなかったのですが

それぞれに異なった模様、組み合わせをしていてステキです。

窯名は書いていないのですが、

それぞれ立杭の窯元さんが作られたものだそうです。


↑これは、いろんな形の徳利








向こうに見えるのは

郷土記念物 上立杭の大アベマキ








地域のご神木として大切にされているそうです。








大きな枝を左右に広げている木の姿が

扇を広げたように見える為

「おうぎの木」→「おみの木」と呼ばれるようになったそうです。








瀬戸、越前、常滑、信楽、丹波、備前の6つの窯から成る

日本六古窯が日本遺産に認定されました。


丹波焼の発祥は、平安時代末期から鎌倉時代のはじめといわれています。

桃山時代までは「穴窯」が使用されていましたが、

慶長16年(1611)ごろ朝鮮式半地上の「登り窯」が導入されました。


この壁の裏側に現存する最古の登り窯があります。








上立杭の登り窯は、明治28年に造られ、長さ47mあります。








矢印の先の焚口(大口)から

最初に薪を入れて火入れをします。








この煉瓦で塞がれている穴から入って

整形して乾燥させた作品を入れます。








この丸い穴(小口)からも薪を入れていきます。


室内の温度は約1300度に達し

この焼成に要する時間は約60時間

昼夜通して作業が行われます。








蜂の巣

窯の先端部の煙出し

最近では、この火さきに煙突を取り付けたものがほとんどだそうです。








登り窯の説明図








窯元路地歩きスタート!

前を歩いている女性は、私たちのガイドさん






窯元の集落MAP (←クリック!)








約800年の伝統を受け継ぐ丹波焼のふるさと立杭。








この小さな集落には、約660軒もの窯元が集まっています。








一貫して日用雑器を主体に作っているのだとか。








歩いていると、何時ものように

道端の植物にも目が行ってしまいます。








秋の訪れを感じながらのウォーク








でも、このタンポポさんは、

ちょっと出番を間違えたのかしら???








22~23日にかけての台風21号が通り過ぎた翌日

青空を眺めながら、

「台風が来るのが1日ずれていてラッキーだったね」

って話し合ったものでした。








ショーウィンドゥ付きのお家

中には陶芸作品が飾られています。








雅峰窯(がほうがま)の見学へ・・・








雅峰(市野)秀之氏の電動ロクロの実演

台風で浸水したので、

私たちの為に急いで床を乾かして下さったそうです。

ありがとうございました。








市野氏手づくりの登り窯

先の方は、「ハチの巣」ではなくて煙突になっています。








窯元路地歩きが終わって、住吉神社へ来たら

前日の台風で、大きな枝が折れ

行き先を閉ざしていたので中へは入れませんでした。

今回の台風では、

この辺りは淡路島よりも風がきつかったようです。








長閑な里山風景の中、陶の郷(すえのさと)へと向かいます。








陶器のランタンでしょうか?

いろんな所に飾られています。



陶の郷内にある丹波焼52軒の窯元が集結した窯元横町

夫と私のご飯茶碗を記念に購入しました。








丹波市のゆめの樹で昼食


「ゆめの樹」は、約1年前にオープンした自治会法人。

地域資源活用拠点施設 として設立したのだそうです。



ここでは、丹波で採れる季節の食材を使ったお食事が頂けます。

お心のこもったお料理は、とても美味しかったですよ(^^)v










ちょっと遅めの昼食の後は

黒枝豆狩り体験へ・・・




台風で畑がぬかるんでいたので心配していましたが、

綺麗に刈り取って、乾いた土の上に並べられていました。








これが一人分

軍手が用意されています。


私は、我が家用にお豆のサヤだけ取って袋に入れ

夫のは、プレゼント用に枝付きにしました。


丹波の黒枝豆は、スーパーで方のと違って

大きなお豆で、お味も最高でした(^^)v

来月は、但馬地方の紅葉の阿瀬渓谷ウォークとやまめ料理です。

これも楽しみ~~~☆彡











にほんブログ村 シニア日記ブログ 70歳代へ
にほんブログ村

ご訪問ありがとうございます。

帰りがけに応援ポチをしていただけたら

励みになりますので嬉しいです。