2017_09
29
(Fri)10:30

<18番、19番> 中国33観音巡りの旅 第6回




今年の3月から始まった中国33観音巡りは、

8月の夏休みを終えて、

先日(9/26~27)、久しぶりにお参りに行ってきました。



今回は、本州の最西端にあるお寺をお参りするので、

阪九フェリーを利用して、

夜寝ている間に門司港に着くというコースになりました。



家から徒歩2分位の所にあるバス停から観光バスに乗り、

六甲アイランドのフェリー埠頭まで行って乗船。








阪九フェリーの一等客室

左手前には洗面台、右手前にはソファーとロッカーがあります。

小さなお部屋ですが、

一応、必要な機能は、大体揃っているようです。








旅行会社から支給された夕食用のお弁当を

ここで頂きました。

流石、なだ万

目と口との両方で楽しむ事が出来ました(^^♪








18:30に出航!

秋の日はツルベ落とし、直ぐに辺りは暗くなりました。








1時間ほどすると、明石海峡大橋の下を潜ります。

甲板に出ると風がきつかったのですが、

記念にと、頑張って写真を撮りました。








橋の下を潜った後、振り返って・・・

橋の向こうに見えるのは、淡路サービスエリアです。



その後、大浴場に入ってからお部屋に戻ったのですが、

TVの受信状況が悪かった為見られず、

他に何もすることがなく、

<注:友人とならお喋りに花が咲いたのでしょうけれど、

夫と一緒ではね~(苦笑)>

又、船のエンジンの振動が気になったので、

トラベルミンを服用した事もあって、

9時には就寝につきました。

お陰で、瀬戸大橋やしまなみ海道は、

見ることもなく通過していきました(苦笑)


トラベルミンのせいで熟睡する事が出来たので、

朝4時には目が覚めて、

目的地の港に着くまで時間を持て余しました(^-^;








やっと、もう直ぐ新門司港です(´▽`) ホッ









朝食は、フェリー下船後、プレミアホテル門司港でのバイキング

この他に、コーヒーとヨーグルトも頂きましたが、

美味しそうなお料理が満載で、

選ぶのが一苦労でした。

ホテルの中も綺麗だったし、お料理も美味。

機会があれば泊まってみたいと思うホテルでした。






プレミアホテル門司港(旧:門司港ホテル)

宿泊費は、結構リーズナブルです(^^)v



美味しい朝食を取った後、

関門トンネルを通って山口県へ・・・








バスで最初のお寺へ向かうのですが、

お寺までの道が狭いので、少し(900m)歩かなければなりません。



この前の蒜山高原に続いて今回も雨・・・

それも、土砂降りに近いような激しい雨の中を歩いて行きました。








道真公が大宰府に左遷される時に

ここにも立ち寄られたみたいですね。








フグの絵が描かれたマンホールの蓋

流石、下関ですね(*^-^*)








後少しでお寺に到着のようです。

雨の中を歩いたので、

とても遠いように思われましたが、

これも修行の一つと思って頑張りました。





第19番札所 金山 功山寺(きんざん こうざんじ)
・・・ 山口県下関市長府 ・・・

曹洞宗の禅寺

ご本尊:千手観音菩薩、釈迦牟尼如来



総 門

仏殿の建立につづいて古く、

室町時代の建造物と考えられています。








山 門

秋の紅葉の頃は、素晴らしいのだそうです。







境内案内地図







萩の花が、雨に打たれて可哀想。








仏殿 (国宝)

鎌倉時代末期に建立された

典型的な唐様建築(禅宗様式)で、

檜皮葺きの屋根が素晴らしいです。


仏殿の前には、傘の花が咲いています(^-^;








境内のモミジは、

一枝だけ紅葉が始まっています。

ちょっとあわてん坊さんですね(*^-^*)








仏殿の裏には、毛利家墓所と書かれた碑があります。

雨が激しかったので、行かなかったのですが、







<↑パンフレットをスキャンしました>

仏殿の裏側には、毛利家の墓所(左側)と、

大内義長のお墓(右側)があります。



功山寺は、周防・長門を支配していた

大内氏の信仰と保護を受けていましたが、

毛利軍が攻め込んできた時、当時の当主・大内義長が

このお寺に逃げ込み、涙を飲んで自害したそうです。



功山寺(当時は長福寺)は、

守護大名・大内氏の終焉と

戦国大名・毛利氏の出発点ともなったのです。








高杉晋作像

吉田松陰の弟子・高杉晋作の名を歴史にとどめた主な仕事は、

奇兵隊の結成、高山寺挙兵、

第2次長州征伐の幕府軍撃退の3つが挙げられますが

その中でも、功山寺挙兵は、これが失敗したら、

明治維新は、もう少し遅れていただろうともいわれるほどの

重要な場面なのだそうです。








観光バスの駐車場へと戻る途中

カモの集団を見かけました。

雨は少し小振りに・・・









第18番札所 松江山 宗隣寺(ずんごうざん そうりんじ)
・・・ 山口県宇部市 ・・・

臨済宗東福寺派

ご本尊:阿弥陀如来、如意輪観世音菩薩




総 門








山 門








観音堂

境内には

「禅の真髄を説いている」と言われる

山口県最古の庭園・名勝『龍心庭』があるのですが、

雨がひどかったので、見に行きませんでした。

残念!







芙蓉の花








ロウバイの実












昼食は、錦果楼の郷土料理








岩国寿司

地元で収穫されたお米と岩国レンコンに

野菜、穴子をちらして仕上げた押し寿司。

岩国地方で古くから親しまれている郷土料理です。



美味しかったのだけど、

料が多すぎて食べきれなかったので、

一つお持ち帰りして、帰りのバスの中で

夕食代わりに頂きました。









お参りと昼食の後は観光です。




錦帯橋

1673年、橋を架けるのが難しい錦川に

研究を重ねた「流れない橋」が完成しました。

5連アーチの橋の美しさは、江戸時代中期以降から

既に評判になっていて、

歌川広重、葛飾北斎、司馬江漢等

多くの絵師たちによって描かれています。








アーチの橋は、一部階段状になっていて

上り下りしやすくなっています。

でも、この日は雨で濡れていたので、

滑らないよう、注意して歩きました。








橋の下では、釣り人が・・・

アユを釣っているのかしら???








下から端を見上げると

釘を使っていないと言われる

技術の結晶を見る事が出来ます。






今回の行程はすべて終了!

一路、淡路島に向けてバスは走ります








帰り道、トイレ休憩に立ち寄った福山サービスエリア

建物の横に、素晴らしいローズガーデンがありました。








秋バラが見事に咲いています♪

これは凄い~~~☆彡

まだ9月だというのに・・・








傍には、こんな立て札が立てられていました。

そうなんですね。

ありがとうございます♪

私たちの長旅の疲れも癒してくれました(*^-^*)






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2017_07
17
(Mon)10:20

<おまけの観光> 中国33観音巡りの旅 第5回ー2




中国33観音巡りの旅 第5回 の後半です。

前回は、島根県の1ヶ寺と山口県萩市の2ヶ寺を載せましたが、

今回は、その時に観光で行った2種類の神社の記録です。









松陰神社
・・・山口県萩市・・・




吉田松陰が他界されてから31年後の明治23年、

松下村塾出身者などの手によって

松下村塾の改修が行われました。

この時、松陰のご実家、杉家の人々の手で

松陰の御霊を祀る土蔵造りのほこらが建立されました。

これが松陰神社の前身だそうです。








石碑 「明治維新胎動之地」

明治維新100年を記念して建立。

文字は故佐藤栄作元首相。








松下村塾(ユネスコの世界文化遺産)

松陰の私塾で、当時からこの位置に建っていました。

ここで、明治維新を成し遂げた、数多くの人材が育ったのです。








松陰のご実家、杉家の旧宅(ユネスコの世界文化遺産)

この家も、当時からここに建っていました。








安政2年、萩城下の野山獄より出牢した松陰は、

ご実家の邸内の3畳半の1室に幽囚されます。


ここに松陰を慕ってきた人たちに講義が行われ、

これがやがて松下村塾の教育に発展していきました。








石碑「親思ふ・・・」

「親思ふ こころにまさる 親ごごろ けふの音づれ 何ときくらん」

松陰が家族に宛てた遺書の中で詠われた

有名な和歌が彫られています。








松陰神社本社

御祭神 吉田矩方命(よしだのりかたのみこと) 


吉田松陰をご祭神としてお祀りしています。


明治40年(1907)創建。

今の社殿は、昭和30年に竣功しました。









防府天満宮(日本三天神)
・・・山口県防府市・・・




日本最初の天神様

防府天満宮は日本で最初に創建された天神さまです。

道真公は、九州大宰府へ流される途中、

この地に立ち寄り

「此地未だ帝土を離れず願わくは居をこの所に占めむ」

<解釈:この港を出発すれば、次はいよいよ九州であるが、

この防府の地は、天皇のいらっしゃる京の都とまだ地続きである。

願わくは、ここ松崎の地に住まいを構え、「無実の知らせ」を待っていたい。>

と願い、九州へと旅立たれました。


そして、大宰府にて薨去された翌年、

道真公の願われた通り、

御霊魂の「居」を「この所」である松崎の地に建立し、

「松崎の社」と号しました。


大宰府や北野の天神様は、

無実の罪で九州に流された道長公の

怨念を払うために建てられたそうですが、

こちらの天神様は、それとは趣旨が違うようです。








重層楼門









神牛像

道真公が丑年、丑の日に生まれたという伝承から、

牛は大切にされています。

牛像を擦ると体の痛みが取れると言われ、

私も、足を擦ってきました。








楼門を入ると・・・








社 殿

拝殿では、二人の人がお祓いを受けていました。








楼門を、反対側からUPで。








門の左右に随身を安置








手水舎 の向こうに大きな木があるので

ちょっと気になって・・・








表参道

石段を下りて行きました。

私たちは、バスで迂回

この石段は使いませんでしたが。








大きく枝を広げたクスノキですが、

樹齢何年かなどが書かれた立て札は見つかりませんでした。








天神水鉢

手水舎の後ろの小さな池に、

酒垂山から引かれた水がこんこんと絶えることなく注いでいて

「天神水」といわれています。








放水池(ほうしょういけ)

芭蕉が、「古池や蛙飛び込む水の音」のと詠んだのは

この池なのだそうです。








天神様と言えば、この句↓

「東風吹かば 匂いおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」

梅園もありました♪












一日目の昼食 しき心味 月彩 で、松花堂弁当








この後にコーヒーが出てきたので

みんな、大感激!!!








二日目の昼食 防府グランドホテル 兆

防府名物天神鱧ご膳

私が住んでいる淡路島も鱧の産地ですが、

防府市でも鱧が有名なのだそうです。

日本三大神のひとつの防府天満宮にちなんで

「天神鱧」となづけられていて、

防府の夏を彩る名物料理になっているのだとか。









上の四角いお皿には、何が来るのかしら?

そう思っていたら、

揚げたての鱧の天ぷら でした。

やはり、鱧は美味しいです♪







防府天満宮の観光を終えて

バスが淡路島へと出発したのが13:30

途中3回の休憩をはさんで延々とバスを走らせ

帰宅したのが20:30頃

次回は、山口県の下関まで行くので、

もっと遠いのだそうです。

でも、我が家から徒歩2分位の所からバスに乗って、

後はずっと座っているだけなので、

荷物をもって何度も乗り換えていくよりは楽かな?

とも思っています(^_-)-☆





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2017_07
15
(Sat)17:00

<20番~22番> 中国33観音巡りの旅 第5回ー1




今月の11~12日にかけて、

一泊二日で中国33観音巡りの第5回目の旅行に行ってきました。

今回は、初めに島根県の1ヶ寺。

翌日は、山口県萩市の2ヶ寺をお参りしました。



2日に分けて日記を書こうかとも思ったのですが、

記録の為に、3ヶ寺纏めて載せたいと思います。










第22番札所 亀甲山 多陀寺(きっこうざん ただじ)
・・・島根県浜田市・・・

<本尊 十一面観世音菩薩>


多陀寺(ただじ)とは珍しい寺号ですが、

「多陀」の意味は、古代インドのサンスクリット語(梵語)にある、

「tathagata」(タターガタ)の漢音写で、

完全に覚りきられた仏である『如来』を意味します。  
 
全国にお寺はたくさんありますが、多陀寺と言うお寺は唯一当山だけ。


<↑多陀寺のHP より>








仁王門(山門)


横に大きな木がありますが・・・








天然記念物の大楠木(樹齢1000年)








本 堂 



多陀寺開山の流世上人は、

弘法大師と相弟子で、一緒に唐に留学僧として渡り、

恵果阿闍梨(けいかあじゃり)より密法の直伝を受けました。

弘法大師より2年早く帰国(806年)、

諸国を行脚したそうです。

そして、この地でめでたいことが起きる前兆として

不思議な現象に出くわしたので、

唐より持帰った金色観音像を安置したのが始まりと伝えられています。








本堂 屋根の石州瓦が美しいです♪







木造天部像群 [流木仏] 59体(県重要文化財)








摩尼車(まにぐるま)

1回回すと、お経を1巻唱えた事になるそうです。








良縁子宝椿観音

普通は蓮の花を持っているのですが、

この観音様は椿の花を持って

良縁・子宝成就を祈念すると言われています。








水子地蔵








鐘楼堂








四国霊場 お砂踏み場








弘法大師像の周りを取り囲んでいます。

左の赤い鳥居群は、稲荷堂への参道








紫陽花の花は、時期的にレトロな雰囲気









第20番札所 霊椿山 大照院(れいちんざん だいしょういん)
・・・山口県萩市・・・

<本尊 聖観世音菩薩 釈迦牟尼如来>




鐘楼門(重要文化財)

8世紀末 ~9世紀初めに、月輪山観音寺という前身寺院があったそうですが、

鎌倉時代末期に建長寺の義翁和尚が大椿山歓喜寺と改め、

臨済宗の寺院としました。








その後荒廃していましたが、

萩藩2代藩主毛利綱広が、

亡父の初代藩主秀就の菩提寺とするために再建。

その時、秀就の法号にちなんで霊椿山大照院と改めたそうです。








池泉庭園

池の中一面の水草はコウボネ


運悪く、本堂の建て替え工事がされていたので、

境内の殆どの所は立ち入り禁止。

お参りも仮本堂でしました。








コウボネの花

一輪だけ咲いていました♪








お寺の奥にある毛利家墓所

こちらには、2代から12代藩主とその妻の

偶数代の藩主夫妻のお墓があります。


ちなみに、奇数代の藩主のお墓は、

萩市内の東光寺にあり、

輝元のお墓は、萩市の天樹院跡にあるそうです。








そして、重臣やゆかりの深い人々が献上した

603基の灯篭が並んでいます。






 クリック! 拡大画像 








何代目藩主のお墓なのかは

ちょっと忘れました(^^ゞ








細い川を隔てて、萩初代藩主 秀就の墓所








昔、毛利元就の時代には、

長門、周防、石見、安芸、備後、備中、出雲、伯耆、因幡、隠岐の

10ヶ国を制していましたが、

輝元が関ヶ原の戦いで豊臣氏に見方をしたので、

長門、周防の2ヶ国に押し込められ、

石高も120万石から36万9千国へと減らされました。

お城も、広島から萩へと移されたのです。


以後萩は、明治維新前までの約260年間、

13代の藩主が治めることとなります。

また、幕末・明治維新期に、多くの人材が傑出した街として、

今や日本有数の観光地の一つになっているのです。










第21番札所 潮音山 観音院(ちょうおんざん かんのんいん)
・・・山口県萩市・・・

<本尊 聖観音菩薩(観音堂) 釈迦牟尼如来>





石段の上には鐘楼門

観音院は、古くから「玉江観音」と呼ばれ、

海の守り観音として崇められてきました。


もとは、大内氏の念持仏でしたが、

戦いに破れ、九州に逃げていく時、

海が荒れたので、海上の安全を祈って海に沈めました。

そうすると、今まで荒れていた海が

凪いできたのだそうです。








石段の脇には、立派なカイズカイブキの木


後に漁夫の網にかかり姿を表した観音様は

長年海に浸かっていたとは思えない端正なお姿でした。


そのお姿に魅せられた藩主輝元が、

萩指月城構築に際し、

高台の観音院に奉納して構築の成功を祈ったのだそうです。


又、民衆にも境内を解放していたので、

多くの幕末藩士が境内で激論を交わしたとも伝えられています。








観音堂

老朽化の為、解体修理が行われ、

数年前に落慶法要が営まれたそうです。








観音院の中の写真撮影は、

若住職さんにブログ掲載を含めて

了承して頂きました。








臨済宗建仁寺派(禅宗)なので、

建仁寺から、こんなお祝いの書状が届きました。








修理費は、約1億円 (国・市・寺が各1/3負担)

お寺の負担金は、地元住民や檀家等からの寄附が充てられました。








観音堂から見える指月(しづき)山 萩城跡

ここで、お城の構築の安全を見守られていたのですね。












1日目の17:20頃、宿泊所に到着!






大浴場(←クリック!)

いろいろな浴槽が楽しめる大浴場と、








美味しいお料理に舌鼓を打った後、

もう一度温泉に入って床に就きました。



次回は、2日目に行ったおまけの観光、

松陰神社 松下村塾と防府天満宮のお話です。



***** つづく *****









萩温泉郷 源泉の宿・萩本陣







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2017_06
14
(Wed)18:59

<9番、10番、特別霊場> 中国33観音巡りの旅 第4回ー2




今月の6日、中国観音巡りの第4回目で、

広島県の尾道へ行ってきました。

今回は、 尾道三山の名刹

千光寺、 浄土寺、 西國寺
を回ります。

尾道水道沿岸に広がるわずかな平地部を囲むようにそびえたつ尾道三山。

三山にはそれぞれ山名となっている古刹があり、

その三寺すべての正面が、同じ所に向けて建てられているのです。

そこは、尾道水道の対岸、向島の岩屋山

冬至の朝、そこから太陽が上がり、

各お寺のご本尊様を照らすのだそうです。








1番目は千光寺へ・・・

バスの駐車場から少し歩きます。

サツキの花が見ごろを迎えていました。








鼓岩(つづみいわ)

岩に斜めに入った傷は、大阪城築城の時、

石垣材として搬出すべく割りかけたノミの跡といわれています。

岩が固すぎて諦めたのでしょう。








別名ポンポン岩と呼ばれ、

岩の上を石で打つと「ポンポン」と鼓のような音がします。






第10番札所 大宝山 権現院 千光寺(たいほうざん ごんげんいん せんこうじ)
・・・ 広島県尾道市 ・・・





山門をくぐって、先ず目につくのは、沢山の巨岩です。








奇岩 三重岩








三十三観音堂

西国観音霊場の各札所の御本尊・観世音菩薩33体が祀られていて、

ここにお参りすると西国観音霊場を巡拝したのと

同じ功徳があると伝えられています。








本堂の正面入り口の上に描かれた 龍の絵








千光寺は、大宝山(通称・千光寺山)の中腹、

海抜約100mに位置しているので、

眼下に尾道水道や向島、因島などの瀬戸内海の島々、

遠景に四国の連山が眺められる素晴らしい景観です。








末広の松








鏡 岩

昔、玉の岩の宝珠や太陽、月の光を

鏡のように反射させていたと伝えられていて、

鏡には神が宿るという信仰の対象であったと言われています。








鏡岩の拡大写真

手前の岩の後ろの木を伐採したら、

現れたのだそうです。








鐘 楼

この鐘は「時の鐘」として名高く、

元禄初年から時刻を近郷近海に報じていて、

近年はテレビ、ラジオを通じて「除夜の鐘」として

人々に親しまれ、尾道の名物の一つにもなっています。








この鐘の特徴は、鐘の上部に百八個のイボ(乳)がなく、

梵字百字の真言と五智如来の種子が浮彫りになっています。

環境庁の選定した「日本の音風景百選」の一つに選ばれていて、

特にこの附近の情景は

志賀直哉氏の小説「暗夜行路」 にも描写されています。








鐘楼の横をロープウェイが通って行きます。

私が今まで、この千光寺に来た時は、

何時もロープウェイを利用していました。

上までバス出来たのは初めてです。








梵字岩

徳川五代将軍綱吉公の帰依僧、浄厳大和尚が

ここに書き遺されたものと言われています。

円形の中に光明真言、大日如来真言の梵字が刻まれ

光明真言曼荼羅だそうです。








石鎚山鎖修行

男性が軽々と登っています。

私には無理・・・(^-^;








お参りが終わって、バスへと向かいます。








岩割松(いわわりのまつ)

樹齢数百年の大きな松が

その根で数トンもありそうな岩を割り、砕いて、

厳然と立ち上がっています。

自然界の力強い生命力を感じさせられます。









第9番札所 転法輪山 大乗律院 浄土寺(てんぽうりんざん だいじょうりついん じょうどじ)
・・・ 広島県尾道市 ・・・




JRの高架下を通ってお参りする、

ちょっと珍しい所にたっています。








長い石段を上がっていくと・・・








山門があり、向こうには本堂








本 堂(国宝)<鎌倉時代の再建>

開祖は聖徳太子と伝えられていて、

ご本尊は聖徳太子御作とされる秘仏・十一面観世音菩薩で、

古くから『身代わり観音』として信仰されています。








境内は、本堂、多宝塔とともに国宝に指定されています。








阿弥陀堂(重要文化財)








屋根瓦は昔のまま








多宝塔(国宝)<鎌倉時代の再建>








足利尊氏の供養塔








包丁塚








境内には、鳩がいっぱいいて、

餌をやると集まってきます。








裏門の屋根裏にハト小屋があります。

伝書バトを使って情報を得て、尾道の商人は富を得ました。


一緒にお参りしたツアーの仲間の何人かが

先日の ブラタモリ に、

この浄土寺と先に行った千光寺が

紹介されていたと教えてくださいました。

私も見たかったな~









特別霊場 摩尼山 総持院 西国寺(まにざん そうじいん さいこくじ)
・・・ 広島県尾道市 ・・・




尾道三山の最後のお寺・西国寺へ行く途中

沢山の枇杷が生っていました。

カメラを向けていると、

「枇杷なんて珍しくもないのに写真を撮るの?」

って不思議がられました(苦笑)

実は、淡路島も枇杷の産地なんです。








金堂(重要文化財)








大師堂までは、この石段を上がらないで、

右側のなだらかな道を歩いて行きます。








大師堂








三重塔(重要文化財)









不動堂








力 石

尾道は一千年の港町。

港では荷の上げ降ろしに多くの人々が働いていました。

力自慢の人達がこの石を持ち上げて競い合っていたそうです。








昼食は、 宮徳のせいろすし

創業天保3年、尾道市で最古の寿し処

180年を越えて今尚使われる『器』にも、

その歴史が感じられます。







 クリック! 拡大画像 

上の画像は、お店のHP から借用。

せいろすし+茶碗蒸しで2250円!

旅行会社のショーゼンさん、今回もはり込んで下さったんですね(*^-^*)





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2017_06
02
(Fri)09:55

<おまけの観光> 中国観音巡りの旅 第3回ー2




前回の中国観音巡り では、観光も付いていました。


二日目の朝、15番札所の 漢陽寺 をお参りした後、

近くの 瑠璃光寺 まで徒歩で行きました。








ちょうど見ごろの 黄アヤメ を眺めながら進んでいくと・・・








史跡 萩藩毛利家墓所

墓所には13代毛利敬親と夫人、世子の元徳と夫人、

その子元昭と夫人、さらに毛利本家歴代諸霊の墓

計7基と初代秀就の母周慶寺殿、そのほかの墓があります。








中には、それぞれ 土饅頭 の前に墓石が建てられています。








露山堂にある地水式庭園 を通って出口へ・・・








露山堂 入り口

幕末、毛利敬親が藩庁を萩から山口に移しましたが、

その際、藩庁内につくられた茶室。

茶室とは名ばかりで、その実堂内では討幕の密議が行われていました。








枕流亭

薩長連合結成の密議のため、

薩摩の小松帯刀や西郷隆盛などが山口を訪れた際に

当時、道場門前にあった枕流亭で、長州方と面会をしたのです。








香山公園 を歩いて行くと、

向こうには 瑠璃光寺の五重塔 が見えてきました。
















この美しい五重塔を、

以前からずっと見たいと思っていたのですが、

昨年、やっと念願叶って行けた のです。

ご縁がある時は続くものですねぇ。

今回、又見る事が出来ました。








国宝で、 大内文化の最高傑作 といわれています。

室町時代の建立。

屋外にある五重塔としては、日本で10番目に古く、

京都の醍醐寺・奈良の法隆寺のものとならび

日本三名塔の一つ に数えられています。








池の水面に木々が映り、

何とも言えない風景を醸しだしています。

やはり、素敵な所です♪








雪舟の像

彼は、山口に住んでいた期間が長く、

ここで沢山の傑作を残しているそうです。









秋芳洞




マリア観音








クラゲの滝のぼり








黄金柱








蘇鉄岩








大黒柱








傘づくし








笣 柿








洞内富士








百枚皿








長 渕








出口になりました。








出口を出た所。

こちら側からも入れますが、上り坂になります。

中学生の団体さんは、こちら側から入り

私たちとすれ違いました。

やはり、若いんですね~








秋吉台 バスの車窓から

この下に、先ほど行った鍾乳洞があるのです。








秋吉台の石灰岩柱

ホントは真っ白なのですが、

山焼きをした為に黒くなったそうです。








秋吉台

凄く広い所で、

下には400を超える鍾乳洞があるそうです。








お昼は、山口市内の おもてなし Dining 恒心

お洒落で美味なフレンチでした。


この後、バスで帰路につきました。







9日の宿泊所は、西の雅 常盤 で。

名物女将のいる旅館で、

錆びれた湯田温泉を女将劇場 で盛り上げ、

TVで取り上げられる程になったのだとか。


72歳の大女将が、汗びっしょりになって、

いろんな芸をして楽しませてくれていました。

素人芸に羽が生えた程度のものでしたが、








最後にご自分の長い髪の毛を筆代わりにして、

文字を書かれた達筆には感心しました。


最後にご挨拶に出た時の顔は、墨で真っ黒!

旅館を盛り上げたいとの意気込みを感じました。





湯田温泉 西の雅 常盤





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2017_05
31
(Wed)17:30

<15番~17番> 中国33観音巡りの旅 第3回-1




5月の9日から10日にかけて、

一泊二日で中国観音巡りの3回目で山口県へ行ってきたのですが、

その後、予定が立て込んでいて、

日記に書かないままに5月が終わろうとしています。

もう大分経ってしまったので、

先達さんに教えていただいたことは忘却の彼方へ・・・(滝汗)

でも記録として、どうしても残しておきたいので、

思い出しながら、今から頑張って書いてみます。





第15番札所 鹿苑山 漢陽寺(ろくおんざん かんようじ)
・・・ 山口県周南市 ・・・




参道からの山門の眺め








掲示板に貼られていた素敵な言葉

私も、こういうあったかい気持ちを忘れないようにしよう








玉潤式枯山水庭

様々なタイプの庭園があるので有名なお寺だそうです。








山 門

漢陽寺は臨済宗で、南禅寺派の別格地だそうで、

日本の他のお寺の上に立つそうです。








観音堂

お祀りされているのは、聖観世音菩薩








中国観音霊場








作庭師・重森三玲による「曲水の庭」








新緑が美しいです♪








池庭 には、鯉が泳いでいます。










第17番札所 滝塔山 龍蔵寺(ろうとうざん りゅうぞうじ)
・・・ 山口県山口市 ・・・




参道の入り口に 七福神

台座には、それぞれに奉納者の名前が書かれています。








あく手地蔵






 クリック! 拡大画像 

私も、この立て札に書かれているように

「いい道示していただいて、いい1日でありますように と」

固い握手をしてきました。








山門へと続いている参道の石段

本堂正面には、

雪舟筆と伝えられる青馬の額 があります。

撮影禁止の札はなかったのですが、

一応撮るのは止めておきました。








ここは、花のお寺

境内には、いろんなお花が咲いています♪








石段が雨で濡れていたので滑らないように注意しながら、

長い石段を、やっと登り切りました。








牡丹のお寺 としても有名なのだそうですが、

残念ながら、殆どの牡丹は終わっていました(涙)







滝壷に落ちる水音から

鼓の滝 と名付けられた3段の滝








滝の大岩

この大きな岩は、800年前に、

人の手で置かれたと推定されています。


というのは、左の滝川からこの岩の下に入ると、

キチンと四角に基礎の石を置いていて、

その上に、この大石が置かれえいるのです。


この岩のお陰で

梅雨期の大洪水が防げるのだとか。


800年も前に、一体どうやって据え付けたのでしょうか???








大青不動明王








ミヤコワスレ

このお花は我が家にもあったのですが、

気が付くと消えて無くなっていました(涙)








苔むした幹が美しかったので、

思わずパチリ





1日目のお参りはここまで。

その後、旅館に泊まり、

翌日は、もう1ヶ寺のお参りと、観光もしました。

観光のお話は次回にまわして、

今回は、翌日にお参りした三つ目のお寺の事を記録したいと思います。










第16番札所 正宗山 洞春寺(しょうしゅうざん とうしゅんじ)
・・・ 山口県山口市 ・・・


三矢の教えで有名な毛利元就の菩提寺




室町期の桧皮葺による山門 (重要文化財)

傷まないようにと、現在は使われていません。

私たちは、門の横から境内に入りました。








この門を 入れば 涼風 おのづから








本堂手前の中門








観音堂

聖観世音菩薩をお祀りしています。








ここにもありました。

中国観音霊場の印が・・・








禅宗の建物の中の床は、

みんな、こういう感じだそうです。








菩提樹の木








蕾がついていましたよ(*^-^*)








鐘楼門








昼食は、広島では有名な 酔心 毘沙門店

穴子の釜めしが最高に美味でした(^^)v



次回は、 瑠璃光寺と秋芳洞 のお話です。

泊まった旅館は、名物女将がいました。

その事も少しだけ書きますね(*^-^*)



***** つづく *****





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2017_04
21
(Fri)19:30

<6番、7番、8番> 中国33観音巡りの旅 第2回




マタマタ久しぶりの更新です。

次々と予定が入ってきて、

PCに向かう時間を取るのが難しいこの頃です。



10日程前になりますが、

今月の11日に 中国33観音巡りの第2回目 に行ってきました。

朝起きたら生憎の雨・・・

天気予報では終日雨という事だったので、

折りたたみ傘ではなく、大きな傘をさしてバスの乗車場所まで行きました。





第7番札所  補陀落山 円通寺
・・・ 岡山県倉敷市 ・・・




10:40にようやく到着。

小雨が降ったり止んだりの中、

バスを降りて参道を歩いていると桜の花が咲いていました。

やはり、桜の花を見ると幸せな気分になります♪








手入れの行き届いた立派なお庭に

桜の花が彩りを添えています。








本 堂

ご本尊は聖観世音菩薩

茅葺の鄙びた感じの素敵な建物です。








満開の桜の花が迎えてくれました(^^)v








良寛堂

このお寺は、若き日の良寛さまが

長年修業された曹洞宗の名刹です。








純白のシャクナゲの花が綺麗~~~☆彡








馬酔木の花








レンギョウは、もう緑の葉っぱが出てきています。








良寛像と良寛堂








帰り道の参道から見たお庭








美しい満開の桜の花に、

私たち参拝者の顔は、思わずほころびます♪








山頭火句碑

「岩のよろしさも 良寛さまの想い出」


昭和11年、良寛さまが若き日に修業された地、

円通寺に足を運んだ時に詠まれた句

岩の多い寺の、その一つ一つに

厳しい修業時代の良寛さまの面影を偲び

後年の遊戯三昧自在の境地に入った良寛様を

遠く拝んだ句として有名。








お寺は高い所にあるので、見晴らしが素晴らしいです。

煙突から煙が上がっている一帯は、

水島工業地帯です。












車窓から見た桜並木










第6番札所  由加山 蓮台寺
・・・ 岡山県倉敷市 ・・・


 クリック! 拡大画像 








こちらも、桜の花が満開です♪








総本殿入り口


今回は、お参りの前に先に昼食を頂きます。

場所は、 備前藩主池田侯がお泊りになられた建物、

県指定重要文化財の「客殿 」
で。








精進料理 を頂きました。

最後に、蓮台寺名物のあんころ餅とお抹茶が出来てきまし。








お食事会場からは、 立派な庭園と奥の院 が見えます。








上の画像の左側








昼食後、客殿 を案内していただきましたが、

撮影NGだったので画像はありませんが、

1700年頃に完成した備前藩主池田侯の宿泊・休憩用の建物。

木造では県下最大の建物で、県指定重要文化財になっています。








瑜伽大権現

人々の願いを叶えるため

仏が権の姿(権現神)として現れたのが「権現さま」

瑜伽大権現は霊験あらたかで、

「厄よけの権現さま」 といわれています。








善の綱

誰一人もらすことなく「救いとる」御仏の手です。

権現さまと繋がる綱で結び付けられたこの手を撫でると

願いを聞き届けてくれるそのだそうです。








愛染明王

素晴らしい縁を結びつけてくださる仏様です。

良縁成就、夫婦和合などに霊験あらたか。








出た所に、 びんずる様 もいらっしゃいました。

頭、目、耳、膝・・・

いろんな所を撫でて、

これ以上悪くならないようお願いしました。








瑜伽三尊(十一面観世音菩薩・瑜伽大権現・弘法大師)をお祀りする総本殿

◎本尊 十一面観世音菩薩 (伝行基菩薩作)
◎鎮守瑜伽大権現 (本地:阿弥陀如来・薬師如来)
◎宗祖弘法大師









桜・桜・桜・・・

雨も止んで、お花を楽しみながら待っているバスへ。

そして、今回最後のお寺へと向かいます。

次のお寺は、広島県です。









第8番札所 中道山円光寺 明王院
・・・ 広島県福山市 ・・・




長い石段を上がっていきます。

雨は止んでいたけれど、下が濡れているので、

滑らないように注意しながら・・・








本堂[観音堂](国宝) 鎌倉時代末期の建築

ご本尊 十一面観世音菩薩








五重塔(国宝) 南北時代の建築

全国で5番目に古い塔だそうです。








このお寺は、 山陽花の寺24ヶ寺第18番札所 です。

こういうお飾りもしています。



この後、“生もみじ”で有名なにしき堂蔵王店

入り口で、生もみじ の試食があって

とても美味しかったので、

12個購入しました。

妹一家にも好評だったので、

機会があれば、是非又買ってみたいお菓子の一つになりました。






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2017_03
21
(Tue)10:30

<3番、5番> 中国33観音巡りの旅 第1回ー2




先週の土曜日(3/18)に、

ワシントン州在住のブロ友・ミモざさんが

ご主人と日本旅行をされている途中

我が家にも立ち寄ってくださいました。


お二人には初めてお目にかかったのですが、

と~っても素敵なご夫妻で、お互い直ぐに打ち解けて、

一緒に楽しいひと時を過ごすことが出来ました。



そのお話は次回に、という事で、

今回は、先日お参りしてきた中国観音巡りの続きです。








昼食を終えて、車窓に 岡山城 を見ながら次のお寺へ



第5番札所 金剛山遍照寺 法界院
・・・ 岡山県岡山市 ・・・




仁王門








二天門(中門)








本 堂

ご本尊は聖観世音菩薩 は、

聖徳太子が制作 されたと伝えられています。








鐘 楼

初めて鐘をつくことが出来ました。








納経所の軒先には、美しい33観音の絵

建物を建て替えられた時に作られたのだそうです。








少しだけ拡大してみました。








八重のしだれ梅 でしょうか。








赤い椿 も咲いています♪








仁王門の天井画

生阪藩士松田翠涯の筆


帰り際に先達さんに教えていただきました。










第3番札所 日光山千手院 正楽寺(しょうらくじ)
・・・ 岡山県備前市蕃山 ・・・




仁王門








本 堂

ご本尊は 十一面観世音菩薩


建物内部やお庭が素敵なのだそうですが、

この日はご住職がご不在の為

中には入ることが出来ませんでした。








鐘 楼








熊澤蕃山像

正楽寺の傍にありました。

正楽寺地名の「蕃山」は、

陽明学を完成させた熊沢蕃山に由来するもので、

その子孫が寺社奉行となり、

正楽寺の中興に寄与した功績は尽大だったと伝えられています。







法界院では、こんなお接待を受けました。

お接待は、お四国さんだけではないんですね。








ケースから出すと、

こんな 可愛いハンカチの苺ケーキ が出てきました。









中国観音霊場は、

岡山・広島・山口・島根・鳥取の中国地方5県からなる、

観音菩薩の縁起をとどめた古寺名刹の歴史を伝える、

33札所と4ヶ寺の特別霊場を巡る観音霊場です。

<中国33観音霊場のHPより抜粋>



岡山にも立派なお寺が沢山あるみたいです。

次回は4月。楽しみです♪






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2017_03
17
(Fri)15:00

<1番、2番> 中国33観音巡りの旅  第1回-1




今日はお彼岸の入り。

私も午前中、両方の実家のお墓参りに行ってきました。

「暑さ寒さも彼岸まで」と言われていますが、

今日は、ホントにポカポカと暖かいですね。

このまま春が来てくれると嬉しいのですが…




さて、昨年、四国遍路が終わり、寂しいな~と思っていた所、

中国33観音巡り が始まると聞き、

早速申し込みました。


そして、第1回目は、今月の14日でした。

今までは四国方面だったので、

淡路島の南の端に住んでいる私たちが

バスに乗るのは1番最後でした。


所が今回は明石海峡大橋を渡ります。

6:20に観光バスに乗って、淡路島を北上。

道の駅あわじ で島の東西両サイドの道を通ってきたバス2台が合流。

1台のバスに乗り換えて淡路島を出発したのが8時でした。






第1番札所 金陵山西大寺
・・・岡山県東区西大寺・・・





本 堂(市指定重要文化財)

ご本尊は千手観音菩薩



こちらの売店で納経用品を揃えますが、

中国観音の納経は、納経帖に書いて頂くのではなくて、

独立した紙に書かれたのを集めて

ファイルに保存するようになっているので、

納経帖は購入しませんでした。








こういうのを集めていきます。








本堂の大棟を横から見たところ

美しいです~~~☆彡








ここは、奇祭で知られる 「はだか祭」 のお寺です。

住職が投げた 宝木(しんぎ) を奪い合い

これを得た人を 福男 と呼び

1年間の福が約束されるのです。








今年も、2月18日にあったそうです。

※この動画は、西大寺のHPに載っていたもの ですが、

1時間45分くらいあって、とても長いので、

もし興味のある方がいらしたら

早送りで見られることをお勧めします。








仁王門

県下でも最大級の三間一戸の楼門








鬼瓦の鳥衾

鳥が鬼瓦に止まらないよう、休ませる場所








三重塔(市指定重要文化財)

右側の建物は高祖堂で、

御影堂とも呼ばれ、弘法大師がお祀りされています。








石 門(龍鐘楼)

石門の向こう側には鳥居が立つ垢離場があります。

裸祭りの2週間前からお祭り当日まで、

ここで心身を清める 垢離取り修行 を行うのだそうです。








普陀南海観音

中国観音霊場会は、中国の普陀山仏教教会との交流10周年を記念し

普陀山から十分の一の大きさの南海観音像の贈呈を受け、

第一番札所の西大寺にお祀りされることになりました。










第2番札所 上寺山 餘慶寺
・・・岡山県瀬戸内市邑久町・・・




本 堂

ご本尊は千手観音菩薩


749年に開山されましたが、

江戸時代には岡山藩主池田氏の庇護のもとで栄え、

最盛期には7院13坊を数えたといわれています。

現在でも6院が残っていて、県内屈指の大伽藍なんです。








三重塔


本堂と三重塔、薬師堂を時計回りにつなぐ 遊慶の庭

石を組み合わせたお庭です。

平成24年の御開帳の時に整備されたもので、

重森三玲師の弟子、俊軒園・岩本俊男氏

「遊び、触れ合える庭」をテーマに作庭されました。








鐘 楼


中国観音は、四国88ヶ所や西国33ヶ所のように

メジャーではないみたいで、

他にお参りされている人たちは、ごく少数。

その分、ゆっくりとお参りをすることが出来ました。








水掛不動








活力の楠

楠は薬の木とも称され

悩みや苦しみを消除する霊妙があると言われています。








和合の楠

2本の楠が寄り添い立つ姿から

和合の象徴と言われています。












昼食は アートダイニング武蔵








郷土料理 ばら寿司セット

みんな、とても美味しくて大満足でした。

これで、後2ヶ寺のお参りと、

淡路まで帰る元気が出ました(^^)v



長くなるので、あとの2ヶ寺は次回にまわします。



***** つづく *****






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