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2018_07
18
(Wed)00:00

洛中・洛外さんぽ 第5回 「洛北] 大原編




連日蒸し風呂状態の猛暑が続いています。

熱中症に気をつけて、

この暑さを乗り切りましょうね。



携帯電話をガラケイで頑張っていたのですが、

最近、機種が少なくなってきているので、

今のが壊れた時、次はスマホにしなければならないでしょう。

その時、年齢的にスマホに慣れるのが難しいのでは?

そう思って、今年の4月にアイホンに買い換えました。


以来、旅先の写真は、アイホンで撮っていたのですが、

先日、急にPCに画像が取り込めなくなったのです。

アップルサポートに電話して、

色々と対処して下さったのですが、

やはりダメ。

「これは、PCの問題だと思うので、

PCのメーカーに相談して下さい。」と。


で、富士通に電話(購入後1年以上経つPCは有料)

原因は、Windows10 にアップデートされたのが原因のようです。

アップデート後、最初は問題がなくても、

徐々に不具合が出てくるのだとか。

リカバリーで元に戻せるそうなのですが、

購入後にリカバリーディスクを作ってなければ出来ないのです。

昔は付いていましたよね。リカバリーディスク。

今は、自分で作らなくてはならないのだそうです。

「そんな事、買ったお店で教えてくれませんでした。」

というと、

「説明書に書いてあります」と。

そして、

「それがなければ、PCを買い換えるしかないですね」

と、何ともつれない返事。



PCの方は、画像の取り込み以外は、

未だ正常(?)に作動しています。

それだけに買い換えるのは勿体ないので、

今回、京都で撮った写真をブログに載せるのは諦めて、

次回から旅先に、又コンパクトカメラを持っていくことにしました。

で、

夜、寝ている間にヒラメキが!!!

「そうだ!夫のPCを借りればいいんだわ」


彼のPCに取り込んだのをメモリースティックに入れて

私のPCに取り込む事が出来たので、

やっと、今回の旅日記を書く事が出来るようになりました。







祇園祭開催中の猛暑のさなか、

14日(土)に「洛中・洛外さんぽ」の最終回

洛北の大原へ行ってきました。

天気予報では、京都の最高気温は38℃。

覚悟を決めて、出来るだけ涼しい服装で出かけました。








【洛北】比叡山麓の静かなる里・大原めぐり

~三千院から寂光院へ~






観光バスの駐車場から10分位歩いて、

先ずは、ちょっと早めの昼食です。








水の流れの音を聞きながら、

木漏れ日の下を歩くので、

思っていた程には暑くはありません。








料理旅館「芹生(せりょう)」








京御膳

お部屋の雰囲気がとても良かったし、

お料理も美味しかったので

夫も私も大満足(*^^)v












三千院

天台宗 三門跡のひとつです。








桜の馬場

左側には、お土産さんがズラッと並んでいます。

気にはなるのだけど、

ツアーなので、別行動は出来ません。








穴太積(あのうづみ)の石垣








御殿門(ごてんもん)

三千院の正門です。








聚碧園(しゅうへきえん)

客殿の庭園で、池泉観賞式庭園。

江戸時代の茶人・金森宗和の修築と伝えられています。








南部は、円形とひょうたん形の池泉をむすんだ池庭を形成。








東部は、山畔を利用した上下二段式。
















往生極楽院

建物は重要文化財、阿弥陀三尊像は国宝に指定されています。








有清園(ゆうせいえん)

宸殿から往生極楽院を眺める池泉回遊式庭園

緑の苔がとても美しく

暑さを忘れさせてくれます。








苔むした石灯籠








弁財天

『京の七福神』のうちの一つ








あじさい苑へ・・・

数千株のあじさいが植えられています。








紫陽花の花は、もう盛りを過ぎています。

この日の気温で、「暑い!」って叫んでいるかのよう。








観音堂

堂内には、身丈3mの金色の観音像が祀られています。








慈眼の庭








阿弥陀石仏(売炭翁石仏)

この場所は、昔、炭を焼き始めた老翁が住んでいて、

「売炭翁(ばいたんおきな)旧跡」と伝えられることから

この阿弥陀さまを、ここ大原では

親しみをこめて、売炭翁石仏と呼ぶようになったと伝わっています。








律川(りつせん)

境内の北側を流れる川を「律川」、

南側を流れる川を「呂川」と呼びます。

これは声明音律(しょうみょうおんりつ)の「呂律(りょりつ)」に

ちなんで名づけられたといわれていて、

「呂律が回らない」という言葉は

ここから来たそうです。



この川の畔には・・・








おさな六地蔵

何故か、お地蔵さまは6体じゃない???








茶所 和心で、お茶の接待を受けたのですが、

そこの寒暖計は30℃

下界は40℃近くあるというのに、

やはし、少しは涼しい(?)のですね。






 クリック! 拡大画像 

三千院 境内図












ビタミンカラーに元気を貰いながら

寂光院へと歩きます。












この辺りは、紫蘇の産地なのだそうです。












朧の清水

平家没落後、菩提(ぼだい)を弔うため、

寂光院そばの庵に移り住んだ建礼門院

悲しいエピソードが残っています。



彼女は美しい容姿の持ち主でしたが、

おぼろ月夜の時、水面を通して映るやつれた姿を見て、

身の上を嘆いたといわれています。












高倉天皇皇后 徳子 大原西陵

寂光院に隣接しています。








寂光院へ・・・








受付を済ませて、

長い石段を山門迄上って行きます。








途中、右手の方へ行くと茶室があるそうです。

<行きませんでした>








三門








本堂

桃山時代頃の建築の特色を残していると言われていたのですが、

平成12年未明、不慮の火災により焼失。

再建は平成17年で、ヒノキ材で屋根は木柿葺。

焼失前の寂光院がここによみがえったのです。








諸行無常の鐘








千年姫小松 (御神木)

樹高15m余りで、樹齢数百年になるものでしたが、

平成12年の不慮の本堂火災とともに被災。

特に「姫小松」は倒木の危険があった為、

伐採のやむなきに至り、現在はご神木としてお祀りしています。








ひめ小松一千年のおん姿 歴史の重さ今につたえん








汀の池


建礼門院徳子(平清盛の息女、高倉天皇の皇后、安徳天皇の国母)は、

文治元(1185)年に入寺。








雪見灯篭


源平の戦に破れ、壇ノ浦で滅亡した平家一門と、

我が子安徳天皇の菩提を弔い、

終生をこの地で過ごされました。








西門


歴史に翻弄された彼女の数奇な運命に思いを馳せ、

今回のシリーズ「洛中・洛外さんぽ」を終えました。








四方正面の池


やはり、とても暑くて、

そんなに汗をかかない私でも、

ブラウスがグッショリと濡れました。

でも、こういう経験も、一つの思い出になり、

後から懐かしく思い出すことでしょう。







 クリック! 拡大画像 

寂光院 境内図

























































































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2018_07
04
(Wed)14:00

洛中・洛外さんぽ 第4回 「洛南」三室戸寺・平等院編





台風7号が日本海を進んでいるようですが、

ここ淡路島も、昨日から激しい風雨に晒されています。

今日は何処へも出かける予定はないのですが、

今も時折激しい雨音がして庭に出られないので、

PCに向かって、久しぶりの旅日記です。

遅れながら書いていた旅行記も

今回で一段落!

これで、やっと一息つけそう(^-^;








今回は、6月9日に行ってきた宇治のお話です。



【洛南】「源氏物語」と紫陽花めぐり

~花の寺「三室戸寺」から世界遺産「宇治上神社」「平等院」へ~






月の蔵人

11時頃の早めの昼食は、

月桂冠の旧酒蔵を改築されたお店で。








レトロな靴入れ

昔のお風呂屋さんにでもあったような・・・








築100年の歴史情緒あるお店で

手作りのざる豆腐や汲み上げ湯葉をはじめ

京都を感じる和のお料理です。


お味の方は、可もなく不可もなく。








月桂冠大倉記念館

食後、しばらくの間街並みを散策。

月桂冠や黄桜などの酒蔵があります。








十石舟

舟に乗って、美しい酒蔵群や

水辺の景色が楽しめます。

往復約50分。

私たちは時間がないのでパス!








十石舟が運行する宇治川派流の濠川








カフェ 伏見夢百衆

大正時代に建造された、

月桂冠の旧本社建物をそのまま利用しています。






<画像はこちらのHPから拝借>

寺田屋事件で有名な旅館

撮った写真が失敗していたので他から拝借しました。


寺田屋事件には、以下の2つの事件があります。

・文久2年(1862年)に発生した薩摩藩の尊皇派志士の鎮撫事件。

・慶応2年(1866年)に発生した伏見奉行による坂本龍馬襲撃事件。

ここに来た直後に

NHKの「西郷どん」で寺田屋事件が出てきたので、

「あ、あそこだったんだ」って

ちょっと興味深く観ました。

「西郷どん」、面白いですよね。

毎週楽しみにしています(*^-^*)










今回の洛中・洛外さんぽは宇治です。




西国33観音 第10番札所 明星山三室戸寺
・・・ 京都府宇治市 ・・・

紫陽花が見ごろとあって、

観光客がいっぱいです。

普段は、とても静かなお寺なのだそうですが・・・








朱色の三門を潜って左下を見ると

紫陽花園が広がります。

人も多い!!!








本堂

お参りする人が、ズラッと並んでいたので

遠くから手を合わせました。








三重塔(江戸時代・府文化財)








狛蛇(宇賀神)

・耳を触れば福が来る

・髪をなでると健康長寿

・尻尾を擦れば金運が付く

のだそうです。







いよいよ紫陽花園へ・・・

園内地図(←クリック!)








紫陽花がハート型に植えられています。

ここのお寺は、ハート形のアジサイで有名なので

探してみましたが分かりませんでしたが

お寺のHPに、ハートマークあじさいのコーナー がありました。








花の茶屋

お寺の境内で唯一、食事できる和風茶店です。

「あじさいパフェ、あじさい氷、抹茶白玉ぜんざい」等

美味しそうなメニューが並んでいましたが、

ここも長い行列が出来ていたのでパス!








一番いい時期に来たみたいで、

広い園内いっぱいに、

色とりどりのアジサイが咲き誇っています。








左の緑の水平に人影がある所は参道








6月には30種・1万株の

西洋アジサイ、額あじさい、柏葉アジサイ、

幻の紫陽花・七段花等が咲き乱れ、

『あじさい寺』と呼ばれているのですが・・・








4月下旬~5月上旬には、2万株の

平戸ツツジ、霧島ツツジ、久留米ツツジ等が咲き誇り、

その規模は関西屈指のもので

その時期には『ツツジ寺』と呼ばれています。








また、6月下旬から8月上旬にかけては

100種200鉢の蓮の花が本堂前に咲き乱れ、

『蓮(ハス)の寺』ともよばれています。








そして秋になると紅葉が始まり、

古来よりその美しさは『三室戸の紅葉』と称せられ、

宇治の紅葉の名所になっているそうです。








将に、「花の寺」なんですよね~








繊細で優雅なお花のアジサイです。

名前を控えるのを忘れていたのですが

我が家に一株お迎えしたいと思ったものでした。








この一角は、ブルーの紫陽花ばかり。

綺麗な青色が出ています。

我が家は土の関係で、

植えた時は青だったのが、

段々退色していっているのですが・・・








アジサイの花には堪能したのですが、

人ごみの多さに、ちょっと疲れました。

やはり、淡路島での田舎生活に慣れてしまったのでしょうか(苦笑)









この後三室戸寺~平等院まで洛南さんぽです♪







蜻蛉石

写真ではよく分かりませんが

阿弥陀三尊石仏が線描きで刻まれています。

藤原時代のもので、

阿弥陀三尊来迎図の石仏としては、最古の遺品。



源氏物語宇治十帖 蜻蛉の巻に因んで蜻蛉石と呼ばれていますが、

石仏と源氏物語は無関係だそうです。












源氏物語 總角(あげまき)

ゆかりの姉妹の屋敷があったのが、

このあたりの設定。












東海道自然歩道を

宇治神社方面へと歩いて行きます♪












先導は、前回と同じ「らくたび」の安達さん








宇治上神社

平等院と共に世界遺産に登録され、

今、脚光を浴びています。








拝殿

まず目を引くのは、左側にある円錐の盛り砂。

「清めの砂」と呼ばれています。

神様の依り代となるもので、

八朔祭に奉納され、1年間神社を清めています。








本殿

平安時代後期の造営で、

現存する日本最古の神社建築です。








住吉社(左側)と香椎社(右側)








けやき(樹齢300年)








参道を逆方向に歩き

朱色の鳥居から外へと出て

「洛中・洛外さんぽ」は続きます♪













宇治神社

宇治上神社の南側にある神社で、

以前は宇治上神社と二つで一つとなっていて、

離宮下社と呼ばれていました。








本殿









手水舎の兎

神様のお使いのうさぎが

守り神をこの地に案内したことから、

うさぎの道<菟道(うじ)>→「宇治」

と呼ばれるようになったといわれています。













宇治十帖モニュメント~舟上の浮舟と匂宮

バックには朝霧橋












浮島十三重石塔

現存する日本最大・最古の石塔(高さ15m)












宇治川の鵜飼の舟

宇治川の鵜飼は、長良川の鵜飼よりも歴史が深く

平安時代からの古い歴史をもち、

今昔物語やかげろう日記にその風情が記されているそうです。








出番を待つ鵜たち

これは、ほんの一部です。












平等院(←クリック!)







鳳凰堂








写真ではよく分かりませんが、

建物が池に売るっている風情も素晴らしいです♪








鐘楼






この日は、お天気が良過ぎて暑く、

三室戸寺で人混みに酔ったのも災いしたのでしょうか、

平等院へ入った頃には気分が悪くなり、

冷房の効いたミュージアムの中で時間を過ごしました。

何時もは元気印の私でも、

こういう事もありかもね(苦笑)



「洛中・洛外さんぽ」も、次回で最終回。

ちょっと寂しくなるなって思っていましたが、

9月から「奈良大和路あるき」が始まるので

楽しみが一つ増えました(^^)v





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2018_06
22
(Fri)21:30

洛中・洛外さんぽ 第3回 「洛東」編 哲学の道と新緑めぐり



5月26日、「洛中・洛外さんぽ」の第3回目に行ってきました。






【洛東】 哲学の道をぶらり散策

- 新緑眩しい「南禅寺」とみかえり阿弥陀を祀る「永観堂」 -




明治天皇が東京へ移られたことに対し

京都の人々は

東京遷都が京都の衰退につながるとして

連日反対運動を繰り返しました。



実際、江戸末期の京都の人口は35万人でしたが、

明治5年には、24万人に減少したと言われています。



京都の町をこのまま衰退させるわけにはいかないと

考える人もいました。

第2代と第3代京都府知事は

様々な京都の近代化政策を推し進めたのです。



その一つに、琵琶湖疎水があります。

琵琶湖から京都に通じる運河は

明治18年に着工、明治23年に完成。

舟運・発電・上水道・灌漑など様々な目的で使用され、

京都の近代化、殖産興業の基礎となりました。








ねじりまんぽ(蹴上トンネル)

このトンネルの上は蹴上インクラインが通っています。

インクラインとは

明治時代~昭和初期まで使用されていた傾斜鉄道跡で、

当時はここを荷物を積んだ船が通っていました。








「ねじりまんま」とは?

「ねじれたまま」という意味で、

このトンネルの壁は螺旋状にねじれているんです。

 上を重い荷物を積んだ舟用の台車が通るので、

強度を強くする目的でねじれているのだとか。








蹴上インクライン








琵琶湖から運河を通ってきた舟は、

蹴上でこの台車に乗せられて

インクラインを走って行きます。








琵琶湖疎水 設計者 田辺朔郎の像








遥か向こうに、平安神宮の大鳥居が見えます。








疎水沿いを歩きます。

前を歩いているのは、私たちのガイドさんの

らくたびの安達さんです。








南禅寺の三門も見えます。

南禅寺迄行って下へ降ります。












水楼閣(すいろかく)

明治21年に完成した

琵琶湖疎水の分水が流れる水路橋。

ドラマの撮影でよく使われるところです。








南禅寺 法堂








三門








門前右方の巨大な石灯籠は

寛永5年の三門落慶の際に奉献されたもの。

高さ6メートル余りあり、

大きさでは東洋一といわれています。












永観堂

後白河上皇が、紀州熊野権現を勧請して創祀。








昔から紅葉で名高く、

正式名を無量寿院禅林寺(むりょうじゅいんぜんりんじ)といいます。















臥龍廊(がりゅうろう)








御影堂








永観堂のご本尊様は、みかえり阿弥陀

顔が左後ろを振り向いている為そう呼ばれています。

永観がが念仏の行道中に現れて

振り向いて「永観おそし」と言葉を発したといわれています。








紅葉の時期は、最高だけど、

青モミジの季節も素晴らしいです。

それに、観光客が秋ほどには多くないのも嬉しい。








幼稚園を併設しているので、

黄色い通園バスが並んでいます。








法生池と錦雲橋








サツキが咲いています。

そう言えば、この時はサツキのシーズンだったんですね。

もう、ずいぶん昔の話です(苦笑)








多宝塔








茶店がありました。

作りの雰囲気が、ちょっとい~~~☆彡


























熊野若王子神社

熊野神社、新熊野神社とともに

「京の三熊野」のひとつ。








御神木の梛(なぎ)

樹齢が400年だそうですが、

残念ながら枯れてしまったようです。








本殿

永観堂の守護神としての神社。












疎水に架かった橋を渡り、

いよいよ哲学の道を歩きます。








哲学の道とは

熊野若王子神社から銀閣寺に至る

約1.5kmの疎水沿いの道。








叶 匠寿庵








やはり、ここは観光客が多いです。








疎水の水が、鏡のように澄んでいて綺麗です♪








桜の名所としても有名ですが、

新緑の季節もいいものです(^^)v












疎水から少し東の方にそれました。

道端のお花たちに目が留まります。








カシワバアジサイのようですね。








シモツケのようなお花を付けた

あなたはだぁれ?












大豊神社 本殿

この神社の奥の方へ行くと・・・








大国社があります。

「いなばの白うさぎ」の神話で知られる大国主命が祀られています。








狛犬ではなくて狛ネズミ

全国にある約8万社の神社のうち、

狛ネズミがあるのはここだけで、

子年のお正月には、

沢山の参拝客が訪れるそうです。








紫陽花












また哲学の道に戻って歩きます。








大豊神社御旅所








又橋を渡って、

東の様にチョットそれて行きますと・・・








霊鑑寺

南禅寺派の門跡尼寺で、

一般の拝観はできません。








安楽寺

法然の念仏道場。

後鳥羽上皇の官女の松虫姫と鈴虫姫が、

法然の弟子住蓮と安楽の説法に感化され、密かに出家。

上皇の怒りをかいかいました。

2人の僧は断罪に、法然も流されました。


このお寺は、ふたりの僧の菩提を弔うために創建。












子供の頃に食べたことのある

懐かしいグミの実に力を貰っても、

もう、疲れてしまって、

足が中々前に進みません。












法然院 山門








白砂壇(びゃくさだん)

山門を入ると、

両側に白い盛り砂があります。

水を表わす砂壇の間を通ることは、

心身を清めて浄域に入ることを意味しているのだとか。







この後、又哲学の道に戻り

銀閣寺前まで歩きました。

足が疲れて重い。

こういう感覚は久しぶりです。

銀閣寺ヘは何度も行っているので、

今回は寄らないで欲しいな・・・


私の願いが叶いました。

銀閣寺前で解散し、各自お土産などを買って

バスに集合。

16時過ぎにバスが出発して帰宅の途につきました。







今月の9日には、

「洛中。洛外さんぽ」の第4回目に行ってきましたが、

それを書く前に、

クラス会で日光へ行ってきた旅行の話と、

京都の市立美術館へ行ってきた話を書かなければなりません。

旅行記を書く道は長いです(滝汗)


使った写真は、なんと50枚!

最後まで読んで下さった方、

ありがとうございました。

そして、お疲れ様です。






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2018_04
28
(Sat)17:00

洛中・洛外さんぽ 第2回 「洛西」嵐山・嵯峨野めぐり



今月の21日(土)は、

「京都・洛中洛外さんぽ」の2回目でした。



~天下の名勝・渡月橋から格式高き「大覚寺」へ~



渡月橋

大堰川(おおいがわ)に架かる橋で、

橋の上流が保津川、下流が桂川になります。


840年頃、法輪寺の僧・道昌が架橋

後に鎌倉時代の亀山上皇が

「くまなき月の渡るに似る」と命名したそうです。








法輪寺

 嵐山の中腹にあり、清少納言の『枕草子』では、

京都の代表的な寺院として挙げられ、

本尊のご利益は『今昔物語』にも描かれています。








小督塚(こごうづか)

平安時代、高倉天皇の寵愛を受けましたが、

清盛の娘・徳子が高倉天皇の中宮だった事から

(その子供が後の安徳天皇)

平清盛に憎まれて嵯峨野に身を隠しました。


隠れ住んだと言われる地に

小督を弔う五輪塔が立っています。












保津川には、ボートを楽しんでる人たちや

保津峡下りの小舟が見えます。












赤と白のハナミズキ












天龍寺「庫裏」

奈良県吉野で崩御された後醍醐天皇の霊を慰めるため、

時の将軍足利尊氏が夢窓国師を開山として建立。








この日も好天気でした(^^)v








池泉回遊式庭園「曹源池庭園」

夢窓国師の作








嵐山・亀山・小倉山を借景とする庭園は、

680年前のままの姿をとどめています。

平成6年に、ユネスコから世界文化遺産に認定登録を受けました。








百花苑








牡丹やツツジ、シャクナゲなどの花々が

色鮮やかにお庭を彩っています。















本紅藤(ほんべにふじ)








白長藤(しろながふじ)








平和観音と愛の泉








大きな硯石

横の立て札には、

この硯石は、明治32年に龍を描いた画伯と

当時の管長とを偲ぶために残されていると書かれています。








天龍寺は紅葉の名所。

青モミジも素晴らしいです~~~☆彡












有名な竹林の径









御髪神社(みかみじんじゃ)

日本唯一の理容、美容業の始祖である

藤原采女亮政之(ふじわらうねめのすけまさゆき)が祭神








絵馬を見ると、こういうお願いも多いようです。








もう一人、お馴染みの名前を見つけました。

関西の人じゃないと分からないかもね。

MBSのアナウンサーなんですが・・・












常寂光寺 山門

小倉山山腹に位置する常寂光寺境内には、

藤原定家の小倉山荘跡と伝えられる場所があります。


定家選定の「小倉百人一首」の「小倉」は、

彼が、ここに居を構えていたことからだそうです。









落柿舎

芭蕉の門人・向井去来の遺跡。

庭に柿の木が40本あり、

その柿の実が一夜のうちに殆ほとんど落ちつくしたことがあります。

それが落柿舎の名の由来。







落柿舎の前の土地を買い取って、

長閑な風景を維持しているのだそうです。












二尊院 総門

二尊院はその名の通り、

「釈迦如来」と「阿弥陀如来」の二尊をお祀りする寺院。








お庭がとても綺麗なのですが、

今回は見学する時間がありませんでした。

代わりにHPでビデオを見つけたのでどうぞ。







京都 二尊院 | Kyoto Nison-in temple from Econosys Design on Vimeo.














清涼寺

地元の人達には、嵯 峨 釈 迦 堂の名で親しまれているそうです。








多 宝 塔









旧 嵯 峨 御 所 大 覚 寺 門 跡

大覚寺は元々、平安時代の嵯峨天皇の離宮でした。

それをお孫さんが、天皇の崩御後にお寺にしたのだそうです。

時代劇の舞台によく使われている所です。








明智門

大覚寺には、門がふたつ並んでいますが、

これは、向かって左の門。


この門は必殺仕事人などの必殺シリーズで、

南町奉行所としてよく用いられていました。








「嵯峨御流華道総支所」の看板

生け花の嵯峨御流の本部は、

ここにあるようです。








境内の周りは、お堀の様なもので囲まれています。










玄関門








玄関門を入ると、嵯峨御流の生け花








大型の生け花が5点位飾られています。








生け花と反対側には、

背の低い大きな松の木があります。








式台玄関








宸殿(しんでん)








旧御所らしく、左近の桜、右近の橘ではなくて、

左近は梅の木でした。








勅使門








大沢池








この白い花はコブシでしょうか?

清楚な感じのお花です。

お花の形が分かるようにズームで撮ってみたのですが・・・








勅封心経殿(ちょくふうしんぎょうでん)

御影堂(みえどう)と紐で結ばれています。








村雨の廊下

諸堂を結ぶこの回廊は、

縦の柱を雨、直角に折れ曲がっている回廊を稲光にたとえ、

「村雨の廊下」と呼ばれています。








大玄関(式台玄関)松の間。

狩野永徳筆の障壁画の前に置かれているのは、

ここで院政を行った後宇多法皇使用の御輿



  



この日、天気予報では、

京都の最高気温が30℃と言われていました。

暑さを覚悟していたのですが、

湿度が低く、爽やかな風が吹いていて、

予想に反して快適にウォークを楽しむ事が出来ました(^^)v






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2018_04
03
(Tue)22:00

洛中・洛外さんぽ 第1回「洛中」  <後編 京都御苑から下賀茂神社へ>




あっという間に桜の花が満開になり,

今日は、花吹雪が舞っていました。

一昨日(日)は、地区の春祭り。

桜の花が、お祭り気分を一層盛り上げてくれて

東京と高槻からお祭り見物にやって来た友人たちは、

お祭を満喫!

凄く喜んでくださいました。


昨日は、いつも利用している穴吹ツアーに3人で参加。

京都の3ヶ所のしだれ桜を見に行き、

ふたりとは、京都でお別れして帰ってきました。

本当は、桜のシーズンにそのお話を書きたいのですが、

中国観音巡りや、ハウステンボス家族旅行など

その前に記録に残したいことが山積しています。


時間のある時に順次更新していきたいと思っているのですが、

旅行の記録だけで精いっぱい!

庭のお花たちの写真は、今春は多分載せる余裕がないでしょう(涙)

お花さん達、ゴメンナサイね。







では、前回のつづきです♪








御所を出て、京都御苑を歩いていると、

満開になっている桜の木がありました。

この日は、3月18日。

巷の桜は、まだ蕾が固かったのですが・・・








直ぐそばにもう1本!

ツアーのみんなから歓声があがりました(*^-^*)








しだれ桜

今春、初めて見た桜でした。








京都御所には、猿が辻と呼ばれる場所があります。

京都御所を囲む塀で、一ヶ所凹んでいる角があるのです。

それが、この猿が辻。

理由は、この角が御所の鬼門にあたるから。

鬼門から鬼がやって来ないように、角(つの)が取られました。

そのため、ここだけ角がなく凹んでいるのです。

屋根の下には、お猿さんがいます。








このお猿さんは、神さまのお使いです。

日吉大社より遣わされました。

神さまのお使いが、どうして金網の中に???

それは、このお猿さんが、

夜な夜な遊びに出てしまうからだと伝えられているのです。








中山邸跡(明治天皇生誕の地)

幕末の公卿中山忠能(なかやまただやす)の邸宅跡です。

忠能の娘の慶子(よしこ)は、敷地内に建つうぶ屋で出産しました。

その子が、後の明治天皇となる祐宮(さちのみや)です。








井戸・祐井(さちのい)

この井戸は、祐宮2歳の夏に干天のためが枯れてしまったので、

新たに掘られたものです。

井戸の名は、祐宮にちなんで名づけられました。








明治天皇が誕生したうぶ屋








幸神社(さいのかみのやしろ)

今は小さくなってしまった神社ですが、

創建は平安遷都に遡り、

都の東北の鬼門を護る為に置かれた守護神でした。


現在は縁結び、鬼門除けの神社として信仰を集めています。








本殿の東側に置かれているお猿さん

この木彫りの猿は、左甚五郎の作とも言われていますが

定かではありません。








出町橋の袂に立っている鯖街道口と書かれた石碑

京都から福井県小浜へ向かう鯖街道の出発点でした。








出町橋の下を流れる鴨川

この右側に、高野川との合流点があり、

鴨川と高野川に囲まれた所が

下賀茂神社のある糺の森です。








河合神社

ユネスコ世界文化遺産でもおなじみの下鴨神社。

その糺の森にある摂社の一つです。








この写真では、ちょと分かりにくいのですが

中門の右側にある看板に記されている

「女性守護 日本第一美麗神」の文字!

ちょっと気になりますよね。

その理由は、後程・・・








中門を入ると、目の前にある舞台

立派です♪








日本第一美麗神の正体は、この河合神社のご祭神が

神武天皇の御母神になる玉依姫命(たまよりひめのみこと)だから。










本殿の脇には、たくさんの「鏡絵馬」が奉納されています。








この「鏡絵馬」は、絵馬にあらかじめ描かれた顔に

美しい女性になれるよう願いを込めて、

お化粧して奉納するのです。








絵馬にお化粧をするお化粧室で、

自分のメイク道具でお化粧をして奉納するのです。


私は・・・???

もう年齢的に手遅れだと思ってしませんでした(苦笑)







 クリック! 拡大画像 

下賀茂神社にある任部社の祭神は祭神は「八咫烏命(やたがらすのみこと)」

ヤタガラスは日本サッカー協会のシンボルマークになってるので

こんな書き込みもありました。








鴨長明の方丈

この方丈は組み立て式で

鴨長明が各地を転々とするのに使用されたのだそうです。








葵祭の流鏑馬神事が行われる所








糺の森(ただすのもり)の参道を歩いて行くと

向こうの方に鳥居が見えてきました。








鳥居の向こうには楼門









楼門








舞 殿








拝 殿








橋 殿







井上社(御手洗社)







その御手洗池で水占い








結婚記念撮影

この日は、昼食会場とここの2ヶ所で

結婚式を見かけ、ラッキーな気持ちになりました(^^)v







糺の森(ただすのもり)で出会った椿






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2018_03
30
(Fri)19:30

洛中・洛外さんぽ 第1回「洛中」  <前編 京都御所>



待ちに待った花咲く春がやって来ました♪

桜の花は満開を迎え、

庭の花々も、元気に咲きだしています。

命の息吹が感じられる春・・・

心も身体もウキウキします(*^-^*)



ブログネタが溜りに溜まっているのですが、

忙しすぎて更新する時間がありません。

先週末からは2泊3日で、

孫たちとハウステンボスへ行ってきました。

明日からは、東京と高槻の友人がやってきます。

その前に1回でもと思って、

18日に行ってきた京都のお話を少しだけ書いておきます。







【洛中】新春のご利益めぐり
ー平安王朝の雅を感じる京都御所から下賀茂へー(前編)



今月から京都の新しいシリーズが始まりました。

京都は、何回行ってもいい所で、

毎回新しい発見のある素敵な所です。








最初は、京都御所の見学

最近は、通常公開されています。

入場無料ですが、入り口で手荷物検査があり

首から番号札をぶら下げての見学です。








宜秋門(ぎしゅうもん)

公家門や唐門と呼ばれていた門で

皇族や公家などの身分の高い人が用いる門でした。








御車寄(おくるまよせ)

高位の貴族などが参内した際に

儀式や天皇との対面の為に使用した玄関








立派な赤松が、ズラッと植えられています。








諸大夫の間の屋根

この建物は、

正式な用で参内した公家や将軍家の使者の控えの間で

身分に応じて部屋が決まっていました。








新御車寄せ(しんみくるまよせ)

大正天皇の即位礼が紫宸殿で行われる時に

馬車による行幸に対応する玄関として新築されたもの。








承明門

内裏の正面玄関に当たる門で、

建礼門と対をなしています。

門からは入れませんが、

真正面に紫宸殿が見えます。















建礼門

京都御所の南向きにある正門

昔は、即位礼など紫宸殿で行われる

重要な儀式のときに開かれていました。








紫宸殿

京都御所の中で、

もっとも格式の高い正殿。

即位礼などの重要な儀式が

ここで行われていました。








御常御殿(おつねごてん)

天皇のお住まいだった所。








滝口

内裏の警備にあたる武士たちが

清涼殿の東北の詰所(滝口)にいたので

そこから「滝口の武士」と呼ばれるようになりました。

平将門は、滝口の武士だったそうです。








清涼殿

平安時代から天皇の日常のお住まいとしての御殿でしたが、

御常御殿にお住まいが移ってからは

主に儀式のときに使用されていました。









清涼殿を見学した後、

紫宸殿の裏側を通って御池庭へ・・・








御池庭

池を中心とした池泉式回遊庭園

小御所(こごしょ)の前にあって

何処から見ても正面になるように設計されています。








小御所(こごしょ)

鎌倉時代以降に建てられた御殿で

江戸時代は将軍や大名などの

武家との対面の儀式の場として使用されました。


明治維新の際には、将軍に対する処置を定めた

「小御所会議」が行われたことで有名な場所。








御池庭

右手には、「欅橋」が架かっています。








御池庭








御池庭








御池庭







御池の奥にある小屋は

地震の際の避難場所だそうです。








御涼所(おすずみしょ)

天皇の夏季の納涼のための御座所として使われました。

東からの風を受けるために東面が広く造られ、

奥には茶室を備えています。








御三間(おみま)

宮中御内儀の行事が行われた場所です。

内部は、下段の間、中段の間、上段の間に区切られていて、

それぞれの部屋には見事な襖絵があります。







御所を出た後、京都御苑を通って下賀茂神社へと向かいました。

今まで何度か御所見学をしましたが、

ガイドさん付きは今回が初めて。

今度のシリーズもらくたびのガイドさんが案内して下さるので、

いろいろとお勉強になり楽しみです♪








皇宮警察の消防車両

御所を出た時、たまたま消防車両がいたので、パチリ!








皇宮警察の消防車両

もう一台!

初めて見ました(*^-^*)











昼食は、二条城前のANAクラウンプラザホテルでのバイキング








食事前、昼食会場の隣で結婚式が執り行われていて

幸せのお裾分けを頂きました。



***** つづく *****







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