2017_07
23
(Sun)20:00

千年の都「平安京」の大路小路を歩く 第5回



先週の水曜日から金曜日(7/19~21)まで家を留守にしていました。

その間、TVや新聞をあまり見なかったので、

帰宅してから梅雨明けを知りました(^^ゞ

旅行前日の火曜日には

各地で大雨やヒョウが降るなどの異常気象だったので、

それが、梅雨明け前の印だったのかしら?


その火曜日の淡路島は、適度なお湿りで済んだので、

以降の3日間は、水やりの心配なしに家を空けられ、

私としましてはラッキーでしたが。









先週の水曜日(7/19)、「京都の大路小路を歩く」の5回目に参加しました。


史実と伝説が交わる通り≪旧五条通り≫と
千年の都に潜む伝説と≪魔界巡り≫



現在の五条通と平安京の五条通は位置が異なります。

すなわち、平安京の五条通は、現在の松原通にあたり、

現在の五条通は、平安京の六条坊門小路(ろくじょうぼうもんこうじ)。


豊臣秀吉が方広寺建立の際に、

五条大橋を、現在の場所に移したことにより、

やがて、五条坊門小路が五条通と呼ばれるようになったのです。


私たちは、旧五条通(松原通)を歩きました。

旧五条通は怖い伝説の場所が多くて

暑い夏には持って来いの通りでしたよ。









歩き始める前に昼食だったのですが、

時間が少し早かったので、

昼食場所の京都ホテル オークラの近くにある

本能寺を見学して時間をつぶしました。


前回は、本能寺跡に行ったのですが、

今回は、現在の本能寺です。

旧五条通から少し離れた御池通りにあります。








本能寺本堂

1928年に再建されたもの








現在、本能寺の「能」という字の右側の文字を

「匕」二つから、上の文字のように「去」の様な文字に変えて使用していますが

これは「本能寺の変」を含め、5度も火災に遭遇したので

匕(火)を嫌い、「能」という字を、行書や草書体にしたと言われています。








本能寺の寺紋

左が結び雁金、右が鶴の丸。









ここから、旧・五条通スタート!




新玉津島神社(にいたまつしまじんじゃ)

藤原定家の父・俊成が自邸内に祀った神社に由来すると言われています。








拝 殿

以来、和歌の守護神として朝廷・貴族からの尊崇を集めています。

江戸時代には、松尾芭蕉の師である北村季注が

この神社の宮司として住み、万葉集の注釈書の編纂に励みました。








本 殿

さざなみや 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな(よみひとしらず)

平安末期の勅撰和歌集に載っているこの歌は

平の清盛の弟の忠盛の作なのですが、

平家が朝敵となった為、

撰者の俊成が配慮して名を隠したのだと、

「平家物語」に出ているそうです。












因幡堂 平安寺(いなばどう びょうどうじ)

寺伝によると、長徳3(993)年、

因幡国司・橘行平が海中から引き揚げた薬師如来を祀ったのが由来。








本尊薬師如来立像

秘仏なので、写真ですが、

日本三如来のひとつです。


度重なる火災の被害に遭いながらも

その度に町衆の力によって難を逃れてきた

創建当初の御本尊です。

コロの付いた厨子の中におられ、

頭には緩衝用の頭巾を被っておられます。












夕顔の墓の碑

紫式部の「源氏物語」に登場する人物・夕顔に由来します。

夕顔は、源氏物語と知り合いましたが、

六条御息所の生霊に襲われて急死。

その場所がこの辺りと伝えられているのです。












ノボタンの花












鉄輪井戸の碑

謡曲「鉄輪」の女性が使った井戸と伝えられ、

今でも怨念が井戸に籠っているのだそうです。








鉄輪井戸

井戸の水を相手に飲ませると

悪縁が切れるとの民間信仰があるそうです。








※謡曲「鉄輪」とは

下京辺りに住む女性が「不実な夫」に嫉妬し

貴船の神に、毎夜丑の刻詣りをして

最後は井戸に入水。

鬼女となって裏切った男を呪ったと言う怖いお話なのです。












明王院 不動寺(みょうおういん ふどうじ)

ご本尊は、空海作の石像不動妙








平安京を作る時、桓武天皇は、

都の東西南北に四つの磐座(いわくら:神が降臨する場所)を定め

この明王院は、その一つの「南磐座」












松原橋

この場所に昔の五条橋が架かっていました。

牛若丸と弁慶が闘った伝説の地なのです。












京都五花街のひとつ・宮川町












六道の辻

この付近は、かって死者を風葬に送る際に

お別れをした場所で、

あの世とこの世の境とされていました。



※六道とは

天上道、人間道、地獄道、餓鬼道、修羅道、畜生道








六道の辻にある西福寺は、

弘法大師(空海)が土で作った地蔵尊を

安置したことが始まりとされています。








嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(たちばな の かちこ)が、

子息の仁明天皇の病気平癒を祈願したことから、

子育て地蔵として信仰されるようになりました。








西福寺の辻向かいにある幽霊子育飴の店

450年以上続く老舗の飴屋で、

若い女性が死んだあとに墓の中で出産し、

生まれた子を育てるために

夜な夜な飴を買いに来たという伝説が残されています。












小野篁の碑

小野篁とは?








六道珍皇寺山門と門前「六道の辻」の碑

六道の分岐点で、この世とあの世の境(接点)の辻が、

古来よりこのお寺の境内あたりであるといわれ、

冥界への入口とも信じられてきたそうです。







「小野篁冥土通いの井戸」


小野篁が夜毎冥府通いのため、

本堂の裏庭にある井戸を、その入口に使っていたそうです。

この井戸から冥途へ行って・・・







「黄泉がえりの井戸」








冥土から帰るのに使った井戸

小野篁伝説参照(←クリック!)








迎え鐘 鐘楼

六道まいりといって

毎年8月7日~10日の4日間

精霊を迎えるために撞くので「迎え鐘」といいます。

この鐘の音響が冥途にまで届くと信じられ、

亡者はその響きに誘われてこの世に呼びよせられるといわれています。

その鐘を納めている鐘楼が100年ぶりの修復工事を終え、

私たちが行った前日(7/18)に、落慶法要が執り行われたとの事でした。








ここを引っ張って鐘を撞き、お迎えするのだそうです。












六波羅蜜寺

ご本尊 十一面観音(国宝)



嵯峨天皇の皇子とされる空也上人により開創

空也上人は、都に流行っていた悪疫退散の為に

自ら十一面観音像を刻んで車に安置し、

市中を曳き廻り、病人にお茶を授けて病魔を鎮めたと言われています。


平安末期には、平家一門の邸宅が建ち並んでいました。








十一面観音立像(レプリカ)と本 堂








弁財天堂








平清盛塚








阿古屋塚

平景清の想い人で、五条坂の白拍子だった

阿古屋(あこや)の菩提を弔うためのもの。


平家の残党を探す畠山重忠は、阿古屋を捕らえ、

詮議のために琴・三味線・胡弓を弾かせました(阿古屋の琴責め)。

その調べに一点の乱れもない事に感動した重忠は

「阿古屋が景清の所在を知らない」

というのは真実であると知り釈放しました。

※歌舞伎 檀浦兜軍記「阿古屋」より








「奉納 五代目 坂東玉三郎」と刻まれた碑

ガイドさんの話では、

 「琴責め」と呼ばれる場面は、

阿古屋を勤めることができる俳優がいなければ上演されません。

六世歌右衛門のあとは、現在、玉三郎だけしか演じられないそうです。








銭洗い弁天と水掛不動








桔梗の花が涼しげです♪








なで牛

「ご自身の痛い所、辛い所を撫でてください」

と書かれていました。








一願石








お寺のお向かいのお家

お花が大好きみたいですね(*^-^*)







京都は暑いと思って覚悟していきましたが、

ここ4日間、毎日夕立があった為

街中が冷やされたみたいで、

この日も、時々傘が要らない程度の霧雨が降り、

それも身体に気持ちが良くて、

割りに快適に散策する事が出来てラッキーでした。


8月はお休みで、次回は9月になります。








昼食は、中華料理

京都ホテル オークラ「ビアテラス」で

<スープ、チャーハン、デザート以外は2人前です。>



翌日から一泊二日で信州へ高山植物を見に行ってきました。

そのお話は次回に・・・






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コメント

わ~~一週間違いでしたね。
鉾は後祭までどこかにしまわれるんでしょうかね。
キチンとお勉強のツアーで偉いな~~
オークラは、父が生きてた頃は毎回泊まってました。
ジパングとかいう旅行の会員で、シーズンオフだと半額になったりするんです。
だから思ったより安かったです。
懐かしいホテルです。
行かれたところは、テレビで見た事はあるけど
実際入った事がない所が多いです・・・こわ~~~い所!!ね!
アメやさんもテレビで見た~~。
涼しくて良かったですね。
私が行った時もまぁ思ったよりはでしたが、平等院の日は暑かった~~~
次回が楽しみ~~~

2017/07/24 (Mon) 00:54 | odetto | 編集 | 返信

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