2017_10
26
(Thu)21:00

千年の都「平安京」の大路小路を歩く 第7回




今週末に又台風がやって来るみたいです。

明日から2泊3日で、東京から友人二人が来て下さる予定なので、

ちょっと心配です。

実は最初は先週末に予定していたのですが、

22日に太極拳のフェスティバルがあるので、

急きょ、1週間延ばしていただいたのです。

で、皆さんご存知のように台風襲来!

伸ばしてヨカッタって思っていたのですが・・・(滝汗)


22日のフェスティバルは、マイクロバスを仕立てて参加。

107チームの参加だったのですが、

驚いたことに、1チームも棄権しなかったのだそうです。

私たちの出番は、12時過ぎだったので、

表演が終わった後、お弁当を頂いて、

直ぐに淡路島の方へと帰ってきました。

帰宅後、TVを見ると、沢山の警報が出ていたので、

無事に帰って来られてヤレヤレでした。



24日には、神戸新聞の「兵庫五国を歩こう」で

丹波地方へ行ってきたのですが、

大きな木の枝が折れたり、稲が倒れていたり、

浸水した所もあったみたいで、

大変だったんだな~と思いました。

お陰さまで我が家は、皇帝ダリアが2本倒れただけで済みましたが。







ミステリーツアーの翌日(10/11)に行ってきた

「平安京の大路小路を歩く」の7回目です。


天下人の栄枯盛衰を伝える≪七条通≫と美の国宝巡り

七条通は、平安京の「七条大路」にあたる道。

東は東大路通(現在の智積院前)から

西は桂大橋東詰めに至る6kmで、

東本願寺や西本願寺に隣接しているため仏壇仏具店の多い所です。








鴨川に掛かる七条大橋












鴨川にカモの群れ












創業380年の京料理のお店 道楽

秀吉ゆかりの瓢箪が暖簾になっています。


江戸時代寛永年間、

石田三成の軍師・島左近の邸宅跡に茶店を開いたのが始まりとされ、

京都市より歴史的意匠建造物に指定されています。








どんなお店か興味があったのでネット検索

HPを覗いてみると・・・

庶民の私には、ちょっと手の届かないお店のようです(苦笑)












耳塚(鼻塚)

豊国神社門前にある史跡で

戦国時代は、敵の首を取って戦功を証明するのが習わしだったのですが、

秀吉の朝鮮出兵の時、首だと持って帰るのに大変だから耳。

でも、耳だと左右二つあって数をごまかせるので鼻になったのだそうですが

鼻そぎでは野蛮だというので「耳塚」と書いて以降、

耳塚という 呼称が広まったそうです。












豊国神社

秀吉が亡くなり、ご遺体が方広寺近くの阿弥陀ヶ峰に埋葬され

その麓に方広寺の鎮守社として廊所が建立。

後陽成(ごようぜい)天皇から「豊国大明神」の神号が贈られた

秀吉をお祀りしています。



豊臣家滅亡とともに、徳川家の命により廃絶となりましたが、

後に明治天皇の勅命により再興されました。








豊国神社 唐門

伏見城から持ってきたとされています。

漆を塗り、彫刻や飾金具を施したその豪華絢爛な唐門は、

桃山文化を代表する建築の一つとして国宝に指定されています。








豊国寺の正面通りは、こんなに広い。

出来た時、沢山の人たちがお参りに来たからだそうです。








唐門正面にかかげられている「豊国大明神」の額は、

後陽成(ごようぜい)天皇のご真筆 で、

旧豊国社伝来の勅額です。


額の両側にある鶴は、左甚五郎作 と伝えられ、

「目無しの鶴」 と呼ばれています。

何故かというと、あまりにも見事な作なので、

目を入れると飛んでいってしまうかも・・・という事です。








両側には、秀吉をお祀りしている所だけあって

ひょうたん絵馬 が下がっています。








唐門の向こうの拝殿では

ちょうど結婚式を執り行っていました。

どうかお幸せに・・・・



そういえば、3年くらい前に

日本史のお勉強ツアーでここに来た時も、

やはり結婚式が行われているのを見かけました。










隣接されている 方広寺

救世の悲願を込めて銘文が刻印された

「国家安康の鐘」で有名なお寺です。








文中の、「国家安康 君臣豊楽」が故意に曲折して読み取られ、

徳川家への呪いを込めた文章であるとして、

豊臣氏討滅への口実に利用されたのです。








方広寺と豊国神社の間の東側には

大仏殿跡があります。



天正14(1586)年、秀吉が創建した方広寺には

19mの木造大仏を安置する大仏殿が建てられていましたが

慶長元(1596)年の大地震で倒壊。

秀吉の死後、家康の勧めで

世継ぎ・秀頼と淀姫が再建したのですが、

それも、寛文(1662)年の地震で再び倒壊しました。。

そして後に

人々の寄進で作られた木造大仏も

昭和48年に焼失したのだそうです。








芙蓉の花がひっそりと咲いています。










妙法院門跡へ・・・

後白河法皇や豊臣秀吉ゆかりの寺院としても知られています。








「門跡」とは、

皇族・貴族の子弟が歴代住持となる別格の寺院








庫裏 (国宝)

庫裏とは、僧侶らが食事や入浴、休息等の日常生活をおくる所。








庫裏 (国宝)

3層屋根の最上階は「煙出し」と呼ばれていて、

煙突にするには勿体ない様な作りです。








庫裏の南に建つ妙法院玄関












妙法院と智積院の間の道は、

今でも、「豊国廊参道」と呼ばれています。

この先の阿弥陀ヶ峰山頂に、秀吉のお墓があります。

西から、西本願寺、豊国神社、豊国廊が一直線に並んでいるのですが、

家康は、それを遮るかのように、

西本願寺と豊国神社の間に東本願寺を建てたそうです。








智積院

秀吉が愛児・鶴松の菩提を弔うために創建したお寺







智積院 金堂

智積院の寺紋は桔梗

金堂の参道前にはキキョウがたくさん植えられています。








お花は、もう盛りを過ぎていましたが、

少しだけ咲いていました。








モミジの葉と苔の緑が美しい。

紅葉も綺麗でしょうね。



収蔵庫で長谷川等伯・久蔵親子

国宝の障壁画を鑑賞

ガラス越しではなくて、目の当たりに国宝の絵が見られる所は

そんなにないでしょうね。

残念ながら、等伯の有名な楓図は、

直ぐそばの京都国立博物館の国宝展の方に

貸し出されていて見られませんでしたが・・・








お庭も有名なので、

次は、そちらの方へ・・・








講 堂

この中からお庭を見ます。








「利休好みの庭」と伝えられるこのお庭は

中国の盧山をかたどっているそうです。








池の水が不透明なのは、濁っているのではなくて

長江を模したのだそうです。








お庭を眺める大書院には、

レプリカの絵が描かれています。








講堂の内部も見学できます。








各部屋に、いろんな絵が飾られていますが、

こちらは、撮影OK(^^)v








ハート形発見!(*^_^*)








千両のような赤い実を見ながら、

智積院とはお別れ・・・












方広寺 南大門

三十三間堂の南側にあります。

※門の左側の塀は三十三間堂


創建当時の方広寺が、

如何に広大だったか想像できます。












法住寺 竜宮門

平安時代中期に藤原為光によって創設され、

その後院政期には、

この寺を中心に後白河上皇の宮廷「法住寺殿」がいとなまれていました。








ご本尊の不動明王は、義仲の放火のさいに、

後白河上皇の身代わりとなったと伝えられていて

身代わり不動として親しまれているそうです。








いい香りが漂ってくると思ったら

大きな金木犀の木がありました。








後白河天皇陵

法住寺と隣接

法住寺は後白河天皇の御陵をまもる寺として長く存続しました。












養源院

秀吉の側室・淀殿が、

父・浅井長政の追善供養のために創建したお寺

ここは、前を通り過ぎただけでしたが、








この「血天井」の立て札が気になります。

「血天井」は、血の染み込んだ板で作った天井のこと。

伏見城で亡くなった徳川家の家臣・380余名の

冥福を祈るために作られたそうです。








京都国立博物館

今、「国宝展」が開催されていて

長谷川等伯の楓図も、今ここに来ています。


この敷地も、方広寺の境内だったそうです。








史跡 方広寺石塁

京都国立博物館の正門の左側。

石の大きさを左の人物と比べてみてくださいね。

まさに、「秀吉らしい」と思わせる巨石の石垣です。








昼食は、京御膳

写真で見ると美味しそうに見えるかもしれないのですが、

こんなに不味いお食事は初めて。

みなさん、ブーイングでした(苦笑)









何度も参加していると、

こういう時もあるのでしょうね。

多分、旅行会社の人は、

写真とお値段だけ見て、試食はしていないと思いました。







あ~、又長くなってしまいました。

最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。

お勉強した事はマダマダいっぱいあるのですが、

私も疲れたので、この辺でお終いにします。






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コメント

京都には色んなお寺があるんですね~~~
今、まさに母と2人姉が行ってます。
父のお墓参りです。
今回私はパスしました。
おなじみのところばかり行きがちだけど、知らない所が多いですねーー
私ももっと京都を知ろう

2017/10/27 (Fri) 00:41 | odetto | 編集 | 返信

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