2013_07
21
(Sun)20:27

東北旅行 Part 4




島根、山口で、「経験したことのない大雨」が猛威を振るい、

目を覆うような災害が起こっています。



現在も日本の何処かで、ゲリラ豪雨が暴れているようです。

日頃は、自然の素晴らしい恩恵を受けていますが、

一たび牙をむくと、ホントに怖いですね。

被災された方の心情を考えると心が痛みます(涙)



ͤ



東北旅行、この日は、いよいよ被災地入り。

釜石では専門ガイドさんの説明を聞きながら回りました。






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この避難路を登って逃げた人たちは助かったそうです。







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階段を上って、ここまで逃げてきた人は、

幸い無事でしたが、

海から押し寄せてくる魔物の様な津波と、

それに飲み込まれる車や家々を

目撃する羽目になりました。







この右下をクリック!

震災時の釜石の様子。






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バスで回りながら、専門ガイドさんから

津波前、津波後の様子のお話を聞きました。



釜石港には、震災の2年前に湾口防波堤が造られ、

世界一の深口防波堤と、ギネスに登録されていたそうです。



でも、耐震設計された強固な防波堤も、

今回の津波は、破壊して乗り越えてきたそうです。



自慢の防波堤を信用して、

逃げ遅れた人も沢山いらっしゃるのだとか…






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1970年に建立された釜石湾を見下ろす白亜の釜石大観音


三陸津波や海難事故等による犠牲者等の

供養を目的のひとつとして発願されました。






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未だ、瓦礫の山が残っています。






専門ガイドさんとお別れして大船渡







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大船渡 碁石海岸 雷岩



荒々しい豪快な風景が展開する乱曝谷(らんぼうや)

そこは、数10mの切り立った岩壁が向かい合う海の谷間です。






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駐車場には、

「復興支援」や「復興応援」と書かれた観光バスが並んでします。

私たちと同じ気持ちで訪れる人が沢山いるみたいです。






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このテントの下にも、

まだ行先が決まっていない瓦礫の山が。






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釜石から大船渡、陸前高田とバスで通ったのですが、

車窓から見る景色は、街並みが消えて更地ばかり。






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津波に備えて、土地に盛り土をしないと、

住宅は建てられません。



でも、その土地整備は遅々として進まず、

殆どの人達は、未だ被災者住宅の中。

家を建ててマイホームに住むようになるまでには、

マダマダ相当な時間がかかりそうです(涙)






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津波がどこまで来たのが想像できます。






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工事中のショベルカーも見られましたけれど、






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殆どの所が、まだこんな感じ。

写真では、範囲の広さが分かりませんが、

こういう景色が延々と続いているのです。



震災直前まで、

ここでは平和な暮らしが続いていたのです。

それが、一瞬のうちに奪われてしまいました(涙)






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コンクリートが需要不足で、

土嚢で代用している所もあります。






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陸前高田 奇跡の一本松


松は防腐処理を施した上で、

元の場所に戻す復元工事が行われました。、

この一本松の復元事業費約1億5千万円は、

すべて募金運動で賄われたのです。






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募金額は、7月1日現在で、

1億6298万620円集まりました。







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幹は、防腐処理を施したオリジナルのものですが、

枝と葉は作り物です。






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高田松原の防潮林はたびたび津波に見舞われ、

同時に津波被害を防いできました。



けれども、3/11での震災では、

10mを超える大津波に呑み込まれ、

ほぼ全ての松がなぎ倒され壊滅してしまい、

たった一本だけ残ったのが、この松でした。



ところが、この松の周囲の土壌は、

大地震による地盤沈下で海水がしみ込み、

塩分過多の状態で、松が徐々に悪化していったのです。






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松林のあった所は、

地盤沈下で、池か河の様になっています。



最初、奇跡の一本松の復元に、

莫大なお金をかけるよりも、

その分、復興資金に使った方がいいのではないかしら?

そう思っていました。



でも、ここに来て分かったのは、

募金が、最初の希望額より沢山集まった事。

それに賛同する人が、とても沢山いたという事です。

それと、この生き残りの象徴のような松を見て、

被災者さん達が勇気づけられればと思いました。



沢山の人たちが、観光に来ていました。

一本松は、観光産業にも一役買っているのです。







ここも被害が大きかったという気仙沼へ着きました。

今回の宿泊所は、気仙沼からフェリーに乗って、

対岸にある大島の休暇村です。



休暇村の宿舎は、小高い丘の上にあったので、

被害は免れましたが、

島は、道に沿って津波が通り抜けて行ったそうです。






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夕食まで時間があったので、

散策に田中浜まで下りて行きました。






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浜への階段の降り口に立っていた看板の写真。






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津波が引いた後の様子です。






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私たちが下りてきた階段ですが、

今は、浜からの避難路として、

綺麗に整備されていました。






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田中浜からの海の景色は、とっても綺麗でした。

普段は、こんなに静かな海なのに、

自然の力は、雄大で怖いものですね。



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夕食は、珍しいものが出てきましたよ^^






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前菜 まんぼう






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造り 5点盛り






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台物 ホタテホイル焼き






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蒸し物 ふかひれ玉地蒸し






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焼き物 サメ西京焼き






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カツオたたき


デザート、漬物、ご飯、汁物などはバイキング。

写真はありません(^^ゞ



次回は、最終日。

仙台まで行き、太平洋フェリーに乗って帰ります。



***** つづく *****






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コメント

Re:東北旅行 Part 4(07/30)  

あの津波で今まで知らなかった町の名前を知ることになりました。
大船渡もその1つ。
こんな素晴らしい海岸の景色がある町だったんですね。
こうやって復興応援ツアーでたくさんの方が被災地に行き、
いろんな貢献ができてるんでしょうね。

私のブロ友さんにも被災した方がいますが、
観光に来た方で無神経に津波がどこまで来たかとか聞かれたりするそうです。
きっと個人で回ってるから地元の人に聞くんでしょうね。
悪気がないのはわかるけど、想い出したくない人もいることも
わかって欲しいと言ってました。
本当に大きな爪跡を残したんだなと思います。

まんぼうやサメなんて食べたことないです~。
どんなお味だったんでしょう。

2013/08/01 (Thu) 11:43 | ふーちろ226 | 編集 | 返信

Re:東北旅行 Part 4(07/30)  

あのときのテレビで流される画像をみて
私はしばらくブログも書けない日が続きました。

四国の高知で斜面に山に登る階段を作っている場所を何箇所か見ました。
雨も地震も自然の猛威の前では
こんなに無力なのだと・・

今大雨警報が出ていたのですが
我が家の近くは全く雨が降らないのですよ。
先日のお湿りだけなの。

体調を気遣ってくださりありがとうございます。
ダメだ・・って思うと負けてしまうので
ボチボチ頑張っています^^

2013/07/31 (Wed) 18:51 | ロゼff | 編集 | 返信

Re:東北旅行 Part 4(07/30)  

復興が遅々として進まない様子が分かりました。
こうして見てきて伝えて頂けると、新聞やテレビでは分からない、本当の姿が見えて、まだまだ支えてあげなくてはと思うきっかけになります。

2013/07/31 (Wed) 15:11 | elmo3950 | 編集 | 返信

Re:東北旅行 Part 4(07/30)  

やっぱり被害が大きかったところは
傷跡が生々しく残ってるんですね。
一日も早い復興を祈りますが時間がかかりますね・・・

大雨被害も心が痛みます。
自然って怖いですね・・・

2013/07/31 (Wed) 08:21 | ROUGE | 編集 | 返信

Re:東北旅行 Part 4(07/30)  

あ~~また涙が出る。
あの時の事が忘れられない。
こわかったでしょうね、でも、すぐそこまで来てるのに見えないってこわいですね。
もっと早く知らせられる様になってて欲しいです。

2013/07/31 (Wed) 00:27 | odetto1993 | 編集 | 返信

Re:東北旅行 Part 4(07/30)  

いろいろな形の支援がありますね。
こうして見てきて伝えることもその一つ
自然の力の前では無力な人間、いろいろなことを思ったことでしょう。
お疲れになりませんでしたか?

Re:東北旅行 Part 4(07/30)  

あの頃、引っ越しをしたばかりでYVが見られなくて新聞で惨状を知りました。
ほんとにつらいです。
早くに高台に避難していた人もあったのですね。
一瞬にしてと思っていました。

2013/07/30 (Tue) 18:15 | 青翠4883 | 編集 | 返信

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