2013_10
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(Sun)10:36

教科書でもう1度学ぶ日本史 奈良時代 その(2-2)




昨日(10月12日)は、洲本図書館2Fで、

「孤高のメス」の作者の大鐘稔彦先生の講演会がありました。



有名な先生だけあって、会場は超満員。

のんびり開園15分前頃に行った私たち夫婦には、

当然椅子がありません。

後で立ったままでしたが、有意義な講演を拝聴しました。



演題は、「患者を生かす医者、死なす医者」

先生のご体験から、

「患者にとって良い医者、良い医療」とは何かを考えさせられた内容でした。



大鐘先生は、1999年から、

私が住んでいる市内の僻地医療に従事されています。





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前回の奈良時代の続きです。

興福寺の後は、鑑真和上の唐招提寺に行きました。



度々の渡航の失敗にも屈しないで、

6度目の挑戦で、やっと日本に渡来。

その時には盲目になっていたと、昔学校で習いましたが、

何故そこまでして渡来する必要があったのかは、

恥ずかしいけれど、今回初めて知りました。



当時、民衆は、重い税や労役に苦しんでいましたが、

苦しみから逃れる唯一の方法は、

出家して僧侶になり、「労役や税を免除される特権」を利用することでした。

「坊主丸儲け」って、この頃からあったんですね(苦笑)



その為、沢山の僧侶が無尽蔵に増えていきました。

朝廷は、これではいけないと思って、

僧侶は、資格がないと出来ない事にしたのです。

でも、日本には、その「授戒」を行う事のできる高僧がいなかったのです。


第9次遣唐使に選ばれた2人の留学僧

「普照(ふしょう)」と「栄叡(ようえい)」が命じられ、

鑑真和上に我が国の伝戒の師として弟子の紹介を懇請しましたが、

弟子の中で手を挙げる者は一人もなく、

鑑真和上ご自身が、日本へ渡航することを決心されたのです。


754年聖武上皇は、

今後授戒伝律は一に鑑真和上にまかすとの詔を出され、

まずは東大寺大仏殿前の戒壇で

聖武上皇を始め約400人の授戒が行なれました。



東大寺で5年を過ごした後、

759年に戒律を学ぶ人たちのための修行の道場を開き、

「唐律招提」と名付けられた鑑真和上の私寺として始まったのです。




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金 堂 ※国宝 奈良時代(8世紀後半)



南大門をくぐった正面にその荘厳な姿を見せる金堂。

屋根の形が素晴らしいです♪






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中には、中央に盧舎那仏像、

左右には千手観音と薬師如来が安置されていますが、

千手観音の腕は、本来千本あったそうですが、

解体修理の後、全部は入らなくなり、

現在は、953本だそうです。






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クリック!<拡大画像>


境内の見取り図です。

クリックすると拡大図が見られます。







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金堂の西側にある戒 壇(かいだん)へ






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戒壇とは、僧となるための授戒が行われる場所の事です。

創建時に築かれたとされていますが、中世に廃され、

その後再興されたものの、火災により建物は失われました。






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現在は、3段の石壇のみが残り、

その上に昭和53年に、

インド・サンチーの古塔を模した宝塔が築かれました。







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講 堂※国宝 奈良時代(8世紀後半)



天平時代の面影をとどめる唯一の建築物として

きわめて貴重な存在です。



内部は、本尊弥勒如来坐像と、持国天、増長天立像の他、

沢山の仏像が安置されています。






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向かって左側が講堂、右側が金堂

正面には、礼堂の前に鼓楼が見えます。






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鼓 楼(ころう)※国宝 鎌倉時代


名称は「鼓楼」ですが、

現在は鑑真和上の仏舎利を奉安しているため、

「舎利殿(しゃりでん)」とも呼ばれています。






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ここから苔の綺麗なお庭を通り抜けて

新宝蔵へ行きましたが、

画像はありません。






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開山御廟(かいざんごびょう)


鑑真和上の墓所です。

御廟前には、和上の故郷・揚州から贈られた瓊花が植えられ、

初夏にその可憐な花を咲かせます。






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開山堂


鑑真和上1250年御遠忌(ごおんき)に向け、

寺が制作した鑑真和上坐像(国宝)のお身代わり模像が安置されてます。

本物の鑑真像は見られませんでしたが、

こちらは拝する事が出来ました。



手前の何人かの人が立っている所には、

松尾芭蕉句碑が立っています。



鑑真和上坐像を拝した際に詠んだ句

「若葉して御目の雫拭はばや」が刻まれています。






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右側が、経 蔵

唐招提寺で最も古い建造物であり、日本最古の校倉です。



左側は、宝蔵で、

唐招提寺創建にあわせて建立されたといわれています。



ͤ 



春日大社、興福寺、唐招提寺は、

今までに何度も行った事がありましたが、

今回、改めて講師の先生と回ってみると、

気が付かなかった建物や知らなかった事等が

沢山お勉強できて、

日本史の面白さを再発見したツアーでした。



来年には、舞台が京都に代わって、

まだまだ日本史シリーズは続くようです。



子供の頃には、大の苦手だった日本史。

少しでも理解出来るようになればと思っています。






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帰りの車窓から撮った日没






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快い疲れの中、

心は充実感でいっぱいになって帰りました。



ͤ



次回は、「山の辺のみち」の1部を歩きました。

今までに行った事のない場所だったので、

とても楽しみにしていたツアーでした。



***** つづく *****






rose
 




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コメント

Re:教科書でもう1度学ぶ日本史 奈良時代 その(2-2)(10/13)  

(*´-`*)ノ 【こんばんわぁ】
知ってるようで知らないこんな
お話が楽しいです~♪
なかなか本を読む時間はないので
こうして要点を教えて頂けると嬉しいわ♪
と言ってもまたすぐに忘れるんですけどね(笑)
京都も奈良も話は尽きることなくあるから
生涯学習になりそうですね(^_^)v

2013/10/14 (Mon) 19:15 | めい-chan | 編集 | 返信

Re:教科書でもう1度学ぶ日本史 奈良時代 その(2-2)(10/13)  

こんにちは^^

ほんと日本建築は素晴らしいですね。
東大寺長いこと行ってないわ。

格式が高いというのが
白い壁についた段でよくわかります。

急に寒くなってまいりましたが
リラさんお体の具合はいかがですか?
先日はお祝いのコメントありがとうございました。

今日のリラさんのブログが新着に無くて
消えてしまっています。
どうなっているのかしら・・
最近楽天さん不具合が多いようです。

2013/10/14 (Mon) 16:44 | ロゼff | 編集 | 返信

Re:教科書でもう1度学ぶ日本史 奈良時代 その(2-2)(10/13)  

今回の記事も素敵な建物ばかり。
そういえば私、子供の頃、通知表に「落ち着きが無い」と書かれて
親に夏休み有名な禅寺に預けられた事があるんです(ToT)
そのとき、僧侶用の駐車場が外車ばかりでした~
やっぱり儲かるんでしょうね(^^;

2013/10/13 (Sun) 19:49 | ROUGE | 編集 | 返信

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