2014_09
26
(Fri)21:00

教科書でもう1度学ぶ日本史 室町時代その(1) 南北朝の動乱



今回は、南北朝時代のお勉強で、

後醍醐天皇が皇居を定めた吉野に行って来ました。







吉野山 如意輪寺
・・・ 奈良県吉野郡吉野山 ・・・

創建は延喜年間(901~923)と伝えられる、後醍醐天皇の勅願寺で、

吉野中千本に佇むお寺です。





私たちは、駐車場から裏門の方へ入って行きましたが、

これは、山門から長い石段をみたところ。








本 堂

御本尊様は  如意輪観世音菩薩








この石段の上の方には、

後醍醐天皇の御陵・塔尾陵(とうのおのみささぎ) があります。








塔尾陵(とうのおのみささぎ)


後醍醐天皇は、

「身はたとへ南山の苔に埋むるとも 魂魄は常に北闕の天を望まん」

と、都を憧れつつ、吉野金輪王寺で崩御されたそうです。

遺骸は後醍醐天皇が勅願所とされていた如意輪寺の裏山、塔の尾へ埋葬され、

ご意思どおり、京都に対する願いを表すために、

天皇家の墓陵としては唯一北向きとなっており、 「北面の御陵」 として有名です。








この建物の左手奥に 宝物殿 があります。








多 宝 塔









楠木正成・正行親子の桜井の別れ








この歌、知ってますよ。今でも歌う事が出来ます(*^^)v

私が子供の時、お手玉の遊び歌だったのです。

懐かしいわ~~~☆彡

でも、歌の意味なんて何にも考えないで歌っていましたが(苦笑)


1.青葉しげれる桜井の 里のわたりの夕まぐれ
  木下陰(このしたかげ)に駒とめて 世の行く末をつくづくと
  偲ぶ鎧の袖の上(え)に 散るは涙か はた露か
  
2.正成涙を打ち払い 我が子正行(まさつら)呼び寄せて
  父は兵庫に赴かん 彼方の浦にて討ち死にせん
  今しは ここまで来つれども とくとく帰れ故郷へ

3.父上いかにのたもうも 見捨てまつりて我一人
  いかで帰らん帰られん  この正行は年こそは
  未だ若けれ諸共に 御供(おんとも)つかえん死出の旅

4.今しをここより帰さんは 我私(われわたくし)の為ならず
  己 討ち死になさんには 世は尊氏のままならん
  早く生い立ち大君に 仕えまつれよ国のため


負ける戦とわかっていながら天皇のために戦った正成と、

父の教えを守り一族をまとめて戦い続けた正行の忠義の姿は、

太平記をはじめ数々の書物に書き記されています。







正成・正行親子の忠義心に心を馳せながら、

次の目的地に向かって出発!

道が狭いので、少しの間マイクロバスに乗り換えて行った後は、

徒歩での行程です。








ススキの穂が風にたなびき、

秋の風情を醸し出しています。








この道は、桜や紅葉のシーズン中は、

人がいっぱいなんでしょうけれど、

今の時期は、とても静かな佇まいです。








ヒガンバナも、あちらこちらで咲いています♪

お彼岸になると、急にあらわれるヒガンバナ・・・

不思議なお花ですよね。












勝手神社
・・・ 奈良県吉野郡吉野町 ・・・


吉野山山上へのぼる街道と如意輪寺への分岐にあります。

後方の袖振山は、大海人皇子(のちの天武天皇)が社前で琴をかなでられたとき、

天女が袖をひるがえして舞ったという伝説で知られています。


境内は、義経と別れた静御前が追手に捕えられ、

請われて舞いを舞ったといわれています。

社殿は2001年に焼失し、今はありません。







吉水神社
・・・ 奈良県吉野郡吉野町 ・・・


元吉水院として、今からおよそ1300年前に

役行者(えんのぎょうじゃ) が創立した、

格式の高い修験宗の僧坊でした。


又、南北朝時代は、 南朝の皇居 でもありましたが、

源義経や静御前、豊臣秀吉等のゆかりの地 でもあるのです。








長い坂道を上って行き、








門をくぐると

右手に「一目千本」と書いた看板が目に入ってきます。








ここからの景色に秀吉公は感動され

「絶景じゃ!絶景じゃ!」と大声をあげられ、

まるで子供のようにはしゃがれたそうです。


残念ながら、今は桜の季節ではありませんでいたが・・・








吉水神社 本社








書 院

南朝の皇居だった所で、

秀吉公がお花見をされた時の本陣にもなりました。








日本建築史上最古の書院として、

ユネスコ世界遺産として登録された書院です。








現在の日本住宅の源流をなす最古の実例として、

数々の珍しい手法が見られ、

初期書院造りの代表的なものとなっているそうです。












芙蓉の花







金峯山(きんぷせん) 蔵王堂
・・・ 奈良県吉野郡吉野町 ・・・




役行者が開基。

1336年後醍醐天皇の御座所だった所です。








蔵王堂(国宝)


金峯山寺の本堂です。

秘仏本尊蔵王権現(約7m)三体のほか、多くの尊像を安置。


建物は重層入母屋造り、桧皮葺、高さ34m、四方36mで、

安土桃山時代に再建された大伽藍。








愛染堂








鐘 楼






  

南朝妙法殿








モミジが色づき始めていました♪








高さ5.1mの仁王様








仁王門(国宝)は、修復中でした。








参道は、シーズン中と違って、とても静か。








家の前に、お花を置いている所が多い♪








銅の鳥居(重要文化財)

発心門とも呼ばれ、

ここで修行の道に入る事を決心します。








この門が 結界 になり、

これより先は俗世界になります。








向うの方に、竜巻のシッポの様なものが見えます。

夫が「写真に撮れ撮れ」というので・・・(苦笑)








トレニア








紫 苑








百日紅








もう一度・・・ヒガンバナ








七曲り下の千本


吉野駅から弊掛社を経て吉野山へ上る急な坂を 七曲り といい、

この付近一帯に植えられている桜が下千本。

「一目千本」 というのは、この辺りだそうです。







今回は、結構歩いたのですが、

暑くも寒くもない気持ちのいい気候で、

シーズン外れの長閑な吉野の町を、

古の人達に心を馳せながら、

ユッタリと楽しむ事が出来ました。










帰りは、トンネル内の6台の玉突き事故の渋滞に巻き込まれ、

淡路SAに着いた頃は、もう真っ暗








家に着いたのは予定より1時間半遅れの

9時頃でした(滝汗)





東北大震災支援クリック募金.gif



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何時もありがとうございます





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コメント

Re: オデットさんへ

> 絶景じゃの場所は、セザンヌの絵に似てますね。
> 素晴らしいながめ、建物ですね。
> ちゃんと、ゆかりを調べると、より興味深い・・・のに
> いい加減に観光してしまう私・・・
> 駄目だな~~~


最近、四国遍路や日本史のツアーでお寺を廻るようになって、
今頃になって、やっといろんな事がお勉強出来るようになったんです。

今まで、いい加減に観光していて、勿体なかったな~って思っています。

2014/09/30 (Tue) 13:13 | ☆Rilla☆ | 編集 | 返信

Re: ふーちろさんへ

> 楠木正成は地元のイチオシ有名人です。
> まさしげ君なるキャラもありますよ。
> 歌は初めて聞きました。
> お手玉のとき、何かを歌った覚えはあるけど、どんな歌だったか覚えていません(^_^;)
> 今の子どもはもうお手玉が何だかも知らないんだろうな~。

そうか・・・ふーちろさんお地元の英雄なんですね。
昔の遊び歌は、大人になってから「こういう意味だったんだ」って
気が付く物が多いですよね。

ふーちろさんと私は、世代が違うので、
多分、よく分からないでしょうね。
私の世代は、あまりオモチャがなかったので、
(勿論TVだってありませんでした)
毎日、お手玉や毬つき、ゴム跳びなどで遊んでいましたから・・・

>
> 南朝の皇居はこんな山奥にあったんですね。
> 今は便利のいい江戸城跡、京都御所へお帰り下さる日は来るのかなぁ。

後醍醐天皇は、ずっと京都を懐かしみながら亡くなられたんですね。
死後も、京都への想いを断ち切れないのでしょうね。

>
> そうそう、ご主人の言う通り、面白い形の雲は撮らないと~♪
> 竜巻注意報はたまに出るけど、関西ではほとんど起こらないですね。
確かに変わった雲(?)でしたが、
あの日は、竜巻情報はありませんでした(苦笑)

>
> 紅葉の時期になると吉野もすごい人でしょうね。

素敵な景色が見られるのは嬉しいのだけど、
最近は、人ごみに酔うようになったので、
行きたいとは思わないんです・・・(^^ゞ

2014/09/30 (Tue) 13:04 | ☆Rilla☆ | 編集 | 返信

絶景じゃの場所は、セザンヌの絵に似てますね。
素晴らしいながめ、建物ですね。
ちゃんと、ゆかりを調べると、より興味深い・・・のに
いい加減に観光してしまう私・・・
駄目だな~~~

2014/09/30 (Tue) 00:29 | odetto | 編集 | 返信

楠木正成は地元のイチオシ有名人です。
まさしげ君なるキャラもありますよ。
歌は初めて聞きました。
お手玉のとき、何かを歌った覚えはあるけど、どんな歌だったか覚えていません(^_^;)
今の子どもはもうお手玉が何だかも知らないんだろうな~。

南朝の皇居はこんな山奥にあったんですね。
今は便利のいい江戸城跡、京都御所へお帰り下さる日は来るのかなぁ。

そうそう、ご主人の言う通り、面白い形の雲は撮らないと~♪
竜巻注意報はたまに出るけど、関西ではほとんど起こらないですね。

紅葉の時期になると吉野もすごい人でしょうね。

2014/09/28 (Sun) 16:07 | ふーちろ | 編集 | 返信

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