2015_03
19
(Thu)19:00

教科書でもう1度学ぶ日本史 江戸時代後期




最近、雨の日が多いですね。

そういえば、「なたね梅雨」という言葉があります。

将にそれなんでしょうね。



昨日(3/18)は、 日本史シリーズの最終回 でした。

飛鳥時代から始まってから14回目の今回は、

江戸時代の後期のお勉強です。



最初に行ったのは、 角屋(すみや)もてなしの文化美術館






京島原の花街(かがい)にある角屋(すみや)は、

揚屋 と呼ばれ、現在の料亭のような所で、

文化人のサロンでもあrました。


この建物は、江戸期の饗宴・もてなしの文化の場である

揚屋建築の唯一の遺構 として、

昭和27年(1952)に 国の重要文化財 に指定されました。


画像の赤い暖簾がかかっている所が本来の入口ですが、








現在は、こちらから入ります。








入口の横には、こんな標識が・・・

何か、新選組と関係があるようですね。








台 所

広さが50畳もある素朴な民家風の建築です。

天井から下がっている照明具は「八方(はっぽう)」といい

灯心を種油に浸して明かりを取っていました。








帳 場

ツケ払いで、お盆と暮の2回払いだったそうです。








とても立派な大黒柱が、建物を支えています。








ズラッと並んだカマド








商家にあるような 箱階段








幕末に西郷隆盛 が角屋を訪れた時に使用した盥

昭和20年、戦況の悪化に伴い空襲の延焼防止の為に

角屋も取り壊しの対象になっていましたが、

この盥が西郷隆盛が使った遺構ということで、解体を免れたとのこと。

角屋の危機を救ったのは、まさしくこの盥なのです。








中戸口

台所に入る、家用の入口

右手前の樹木・槐(えんじゅ)・は、

出世や金運に加えて、延寿の字をあて長寿の縁起を担ぎます。








新選組の刀傷

修復されていますね。








よく伸びる蔓(つる)と蔦(つた)を配し商売繁盛を願った

家紋「蔓三つ蔦(つるみつつた)」を染めた暖簾


この後、2階のお座敷を見学しましたが、

重要文化財の為撮影禁止。


おもてなしの心がいっぱいのお座敷は、

素晴らしい細工が施されていて、

お寺や寺院、お城などとはまた違った、

町民文化の素晴らしさを堪能しました。


この頃になると、将軍の力が衰えてきて、

町民が力を付け始めていたのです。








一階奥座敷の松の間だけは、

火事で焼失して立て直したため、文化財の指定がなく

撮影する事ができました。








お庭に臥龍松(がりょうしょう)という松があるので、

この名(松の間)がついたそうです。



文政元年、頼山陽が実母を角屋南隣の「八文字屋」に案内して

宴席でもてなし親孝行の場に供されました。

また、幕末になると、

勤皇派の久坂玄瑞、西郷隆盛、坂本竜馬 などの密議にも使われましたし、

新選組の出入りもありましたが、

池田屋事件のようなことは起こらなかったそうです。


でも、この松の間の床柱にも、新選組の刀傷がありましたが、

一体どうして???と思いませんか?

実は、新選組の隊員たちは、沢山のツケを溜めこんでいたので、

新選組の上部から角屋の方に、

ツケにしないようにとの書状が届き、

それを理由に断ったら、怒って刀を振り回したのだそうです。


今は、その事件が角屋の名物になっているとは、

何とも言えず皮肉です(苦笑)








角屋を出ると、お向かいの家の鮮やかな黄色が目に飛び込んできました。

鬱陶しい曇り空の下、

ビタミンカラーの黄色が、気持ちまで明るくしてくれました^^








輪違屋

太夫や芸妓を抱えていた由緒ある 置屋








島原の花街への入口

江戸の吉原では、遊女を閉じ込めておくため、

厳しい検問のある入口がひとつあるだけでしたが、

島原では、比較的自由に出入りが出来ていたそうです。







世界遺産 元離宮 
二条城



徳川家康が征夷大将軍に宣下された時、

また、徳川家による政治に終わりを告げる時もまた、

二条城で行われました。

江戸時代の幕開けと終焉を見届けたお城なんです。








二条城の地図

画像は、二条城のHPから拝借





先ずは 二の丸御殿(国宝)





唐 門








二の丸御殿 「車寄」 

御殿の内部が撮影禁止なので、興味のある方は

こちらの パノラマウォーク で。

先日行ってきた名古屋城の出来立ての本丸とは違い、

年月を経て重みの増した素晴らしい内装でした。

上のパノラマウォークで見るほど金ぴかではありませんよ。








二の丸庭園

大広間、黒書院、行幸御殿など、

三方向から庭を観賞できるように作庭されています。








本丸櫓門

以前は、櫓門の2階を通る二の丸から本丸への渡廊下が続いていました。


第3代将軍家光の時に

後水尾天皇の行幸(ぎょうこう)を迎えるための二条城の大改修を行い、

土地を歩かないで本丸まで行けるようにしたのですが、

今はありません。








本丸御殿



家光の時に建てられた創建当時の本丸御殿は、

二の丸御殿にほぼ匹敵する規模をもっていて、

内部は狩野派の障壁画で飾られていましたが、

天明8年(1788年)には市中の大火のため焼失。


現在の本丸御殿は、

京都御苑今出川御門内にあった旧桂宮邸の御殿を

明治26年~27年にかけて本丸内に移築したもの。

内部は、解放されていませんでした。








天守閣跡

本丸には五層の天守閣がそびえていましたが、

寛延3年(1750年)落雷のため焼失しました。








西北土蔵(国の重要文化財)

桃山時代末の1602年~16033年)に造られ、

1625年~1626年の改修で現在の姿になった米蔵です。








内堀 と向こうの方に 西橋








桃の花かしら?

お天気がイマイチなので、綺麗に映っていませんが・・・








北中仕切門

本丸側から・・・








北中仕切門

二の丸側からは、屋根が二重になっていて、

本丸方面へは攻めにくくなっています。








向こうに 本丸櫓門 が見えます。

以前のように、 渡廊下を復元 しようとの計画があるそうです。








桜の花のようですが・・・

一輪一輪がとても可愛いお花です♪


「寒緋桜」 だそうです。

ROUGEさん に教えて頂きました。

ROUGEさん 、ありがとうございました♪







北大手門

現在は、中で働く人たちの通用門になっているそうです。








やっぱりお花にカメラを向けてしまいます(苦笑)







この日の京都の最高気温は、22.7℃

汗ばむような陽気でしたが、

なんとか雨に合わずにすみました(^^)v


2013年5月から始まった日本史シリーズも

江戸時代後期をお勉強した今回でお終い。

寂しくなりました(涙)


少しは、歴史が分かるようになったのかしら???(滝汗)





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コメント

Re: スポンジボブさんへ

> 桜あったのに 枯れてしまいました。
> 鉢が小さすぎて、倒れて来たっといったほうが正解ですね。
> 歴史の久々にお勉強になりました。ありがとうございます❤️*\(^o^)/*

桜の木があったのですね。
我が家も、一度苗を植えたことがあるのだけど、
残念ながら根付きませんでした。

夫は、毛虫がわくので、桜の木は要らないといいますが、
やはり一本は欲しいですよね。


2015/03/21 (Sat) 17:47 | ☆Rilla☆ | 編集 | 返信

Re: ひまりさんへ

> うー長いコメント書いたのに送信エラーでした。(+_+)

まぁ、長いコメントを書いてしまったのに
送信エラーで消えてしまったのね。
私もインターネットエクスプローラーを使っていた時は、
よくそういう事があってガッカリしたものです。
日記だって、やっと書き終える段になって
消えてしまう事も多々ありましたし・・・

で、PCに詳しい人に教えて頂いて、
「グーグル クロム」に変えて以来好調です(^^)v

>
> もう一回・・・
> 古い町並みですね。
> こういう場所は落ち着きますね。
>
> 京都と言えば、夫は4月の始めに写真仲間と泊まりで
> 行く予定してます。平日に会社休んで・・・

桜の頃の京都は、半端じゃない位観光客が多く、
お宿もなかなか取れない位です。
平日にして正解ですね^^

>
> 寒緋桜はこちらでも有名な場所があるので私でも
> わかりますよ。下向きに咲くのが特徴だそうです。
> ソメイヨシノより長く楽しめますね。

可愛い桜ですよね^^
場所があれば、我が家にも一本欲しいなって思いました。


2015/03/21 (Sat) 17:42 | ☆Rilla☆ | 編集 | 返信

Re: えてがみっ子さんへ

> いつもこちらで勉強させていただく私
> 歴女には程遠く
> 頭が空っぽですので
> 何度も何度も読み返し 勉強します。
> 社会科
> 今でも、覚えられないです。
> 見学は大好きだけど・・・
> リラさんの説明には感心しきりです。

私も子供のころから歴史は大の苦手でしたけれど、
夫の影響で、最近興味を持ち始めたんです。

でも、悲しいかな。年を取ってからのお勉強は、
中々頭に入りません。
ブログに書き留めた後は、直ぐに忘れてしまいます(^^ゞ

>
> ランプの宿
> 泊まったことがありません。県内では、あまり
> 宣伝もしてないですし
> 観光客がほとんどだと思います。
> 輪島でのおすすめは
> ねぶた温泉 海游 能登の庄
> お湯はぬるっと、肌がすべすべになります。
> 輪島塗の素敵な器で美味しいものがいただけます。
> お値段は、張りますが
> 私は、お風呂付の部屋で2・3度泊まりました。
> 輪島の人には、とても人気があります。

素敵なお宿を教えてくださってありがとうございます。
早速HPを見てお気に入りに登録しておきました。

らんぷの宿は、時々ツアーで見かけるのですが、
ここに泊まるツアーは、多分ないでしょうね。
やはり自力で行くより方法がないのでしょう。

私たちは、もう歳なので遠距離ドライブは控えています。
電車でどのように能登を回るか、ゆっくりと調べて、
夫と、今年中とは言わず、来年にでも是非いってみようと話し合いました。

2015/03/21 (Sat) 17:35 | ☆Rilla☆ | 編集 | 返信

我が家にもその桜あったんです。

桜あったのに 枯れてしまいました。
鉢が小さすぎて、倒れて来たっといったほうが正解ですね。
歴史の久々にお勉強になりました。ありがとうございます❤️*\(^o^)/*

2015/03/20 (Fri) 10:22 | スポンジボブちゃん | 編集 | 返信

うー長いコメント書いたのに送信エラーでした。(+_+)

もう一回・・・
古い町並みですね。
こういう場所は落ち着きますね。

京都と言えば、夫は4月の始めに写真仲間と泊まりで
行く予定してます。平日に会社休んで・・・

寒緋桜はこちらでも有名な場所があるので私でも
わかりますよ。下向きに咲くのが特徴だそうです。
ソメイヨシノより長く楽しめますね。

2015/03/20 (Fri) 08:04 | himari316 | 編集 | 返信

勉強中

いつもこちらで勉強させていただく私
歴女には程遠く
頭が空っぽですので
何度も何度も読み返し 勉強します。
社会科
今でも、覚えられないです。
見学は大好きだけど・・・
リラさんの説明には感心しきりです。

ランプの宿
泊まったことがありません。県内では、あまり
宣伝もしてないですし
観光客がほとんどだと思います。
輪島でのおすすめは
ねぶた温泉 海游 能登の庄
お湯はぬるっと、肌がすべすべになります。
輪島塗の素敵な器で美味しいものがいただけます。
お値段は、張りますが
私は、お風呂付の部屋で2・3度泊まりました。
輪島の人には、とても人気があります。

2015/03/19 (Thu) 21:27 | えてがみっ子 | 編集 | 返信

Re: ROUGEさんへ

> 新撰組や幕末に縁の場所
> 取り壊されないで良かったです。
> 日本は素晴らしいものが沢山あったのに
> 失ったものが多過ぎますものね。

京都の建築物は、応仁の乱で殆どが焼失しましたが、
その後建てられたものが戦争で焼かれなかったのが幸いでした。
でも、名古屋城なんかは、全部焼失しましたものね(涙)


>
> 拝見してるだけでも為になるシリーズも終わりなんですね。
> 少し寂しいですね。

そうなんです。
こういうシリーズものは、毎月の楽しみでもあって、
生活の変化もあり、ボケ防止にもなるように思うのよ。

>
> ピンクの、私も先日「何の花だろう」って思ったのですが
> コメント欄で「寒緋桜」と教えて貰いました(*^_^*)

そうなんですか・・・
教えて頂いてありがとうございます。
早速ブログに付け加えさせていただきますね^^


2015/03/19 (Thu) 20:21 | ☆Rilla☆ | 編集 | 返信

新撰組や幕末に縁の場所
取り壊されないで良かったです。
日本は素晴らしいものが沢山あったのに
失ったものが多過ぎますものね。

拝見してるだけでも為になるシリーズも終わりなんですね。
少し寂しいですね。

ピンクの、私も先日「何の花だろう」って思ったのですが
コメント欄で「寒緋桜」と教えて貰いました(*^_^*)

2015/03/19 (Thu) 19:52 | ROUGE | 編集 | 返信

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